『「ニッポンのジレンマ」のジレンマ』を受けて〜ジレンマ、そしてまたジレンマ〜

昨日1月8日に大学生を中心として『「ニッポンのジレンマ」のジレンマ』というUstream配信による番組が放送された⇒『「ニッポンのジレンマ」のジレンマ』の録画動画。この番組は元旦にNHKのETVで放送された『ニッポンのジレンマ』という番組を引き受ける形で行われたものであった。私はこの番組を企画する側であり、パネラーとしても出演した。そこで、ここでは約2時間15分にわたる番組を通じて、またその後の議論などを受けて考えたことを書きたい。


(1)「悩ましき番組」
まずこの番組を一言で表すとすれば「悩ましき番組」といえるだろう。どういうことか。注目すべきところはこの番組の「テレビ(討論)番組のn次創作が始まる!」というキャッチフレーズだ。「n次創作」とは「オリジナル」の一次作品を受けてその設定を前提としつつ、別の作品を作っていくことを指すが、この番組においては「ニッポンのジレンマ」という討論番組の「設定」を前提にして展開していくことである。


しかし、前提となる「ニッポンのジレンマ」の問題点はまさに「設定」にあった。言い換えれば、討論の水準に由来する番組のコンテンツ(中身)が問題というよりも、番組が持つ形式、構造自体に由来するコンテンツにあった。具体的には、「出演者の男女比構成」や「男女間の振る舞い格差」の問題であった。出演者の12名の内、男女比は「男9:女3」であったし、司会進行役の二人のアナウンサーでは女性の杉浦アナがほとんど発言せず、最後に「私ももっと勉強しなきゃいけないと思いました。」という決まり文句を言う役回りを担わされていた。

 
こうした「設定」を前提として「討論のn次創作番組」を作る場合、番組の「議論の中身」だけでなく、まずもって、メタレベル(番組の後ろにあるもの)の構造や形式を問題化していかなければならないというわけだ。つまり、「番組の形式自体を問いながら進行していく番組」なわけだ。その意味で「悩ましき番組」なのである。


実際、番組の準備段階で「女性のパネラーが一人見つからない」といった事態が起こったし、番組の最初の討論も番組を構成する「ジェンダー」の問題となって紛糾した。「男女半々にするなら、どうして性的マイノリティのことを考えないんだ」といった議論もあった。難しいのは「多様性が大事」と言いつつも、限られた「設定」とコンテンツの充実という目標の上で、「実際的な多様性」を確保しなければならないということだ。討論の登壇者、参加者は常に自分のメタレベル(番組の形式の上での)の「1プレイヤー」として自覚しながら振る舞わなければならない。まさに「ジレンマのジレンマ」があらわれている。


(2)「共感」
さて、その上でこの番組における内容的なポイントを考えてみたい。その際、最大のキーワードは「共感」と「連帯」、そして「当事者性」だろう。各個人が考えること、また集まって討論することはいくらでもできる。いくらでも「共感」や「連帯」が大事だと言うことができる。それ自体重要なことだ。しかし、それをする際に常に想定しなければならないのはその場にいる人(≒当事者)ではなく、その場にいない人(≒非当事者)なのである。また「共感とか連帯とかどうでもいい」とであり、あるいは「無関心」とされるような人々なのである。そして考えなければならないのは、「考えるその先」にあるものという、まさにジレンマ的な事柄なのである。


議論の中で言われたのは「100%の共感はムリ!」「むしろ共感なんて存在しない」ということだった。また、「私たちは当事者でない」とか「非当事者が考えるのが大事」といった発言もあった。だが、ここで考えなければならないのは、これまた「共感」「連帯」「当事者性」というワードそのものなのである。はっきり言えば、上記のような発言は「当たり前」なのである。「私」は他の誰かに成り代わることができるわけではない。神秘的な融合体験でもない限り、「100%の共感」なんて「ムリ」なのである。


ならばそれを前提として考えよう。つまり、「100%の共感はムリ!」「私たちは当事者でない」という言葉から始めた「共感」と「当事者性」を考えると言うことだ。やや難しく言えば「共感の不可能性」から考える「共感」、「不可能的な当事者」から考える「当事者性」だ。言い換えれば、「欠如、欠落、不可能」を基盤とした「可能性」、易しく言えば「わからない」を基盤とした「わかる」を問題にしようということだ。


往々にして「きれい事」と呼ばれる言葉はマジックワードだ(その逆の否定的な言葉もまたそうなのだが)。例えば、「共感」という場合、「共感できる人」と「共感できない人」などという言い方がなされる。しかし、実際のところそのような分け方は無意味だし、有害ですらある。それよりかは、(少しややこしい言葉を使うのを許して欲しい)、「共感」とは「常にすでに衰え、引き下がっていくもの」「欠如しつづけるもの」であると考えたほうがよい。たいていの場合、「共感」というのは「可能性(潜在性)」として現れる。犯罪者だって「共感」の「可能性」があるし、逆に人畜無害の聖人みたいな顔をしてボランティア活動にいそしむ人でも、社会運動の熱心な「活動家」であっても、いつも「共感」しているわけではない。ただ後者のような人の方が「共感」の「持続性」はもっている。そう、その人には「共感」が「衰えず、引き下がらず」続いているのだ。


ではその違いは何か。それは「共感」に対する「欲望」の程度の違いである。人間には「共感したい」という欲望がある。こういうと少し奇妙に思う人がいるかもしれないが、人間は悪いことや悲劇的なことがあったから、同情的に共感するというよりかは、そこに「共感する欲望の回路」が組み込まれているから「共感」すると考えた方が適切に捉えられることがある。言ってみれば、「共感したいから、共感するのである。」


ただ、「共感したい」という欲望をそれ単体で独立的に持ちうる人はそれほど多くない。それが可能になるのは「宗教」による信仰か、強固に打ち立てられた信念(使命感)に支えられている場合である。「神」か、絶対的な「無根拠」に基盤を持つ人である。だが実際には多くの場合(前述のような「神」の場合も含めて)、「共感する場」が他の欲望の回路と複雑に結びつけられている。例えば、「社会運動」に参加すれば多くの人とつながりを持てるという欲望もあるだろうし(運動に参加する人でそれまで「つながり」が失われていたという人も多い。)、ホームレスや失業者、あるいは震災の被災者に至るまで、「困っている人」と向き合う中で自らが意義付けられるという経験をしたいという欲望もある。


このように考えたうえで、私が言いたいのは「共感というのはしょせん個人の欲望に過ぎない」ということではなく、むしろそうした欲望がどうしたら社会に広がっていくのかを考え、実験的に行動することが要請されているということである。


(3)「当事者性」「当事他者」
さて、「考えの先」を考えるためには、次に「当事者性」に触れる必要があるように思う。討論の中で触れられた「当事者」「強者」「弱者」の規定は極めてあいまいで、マジックワード化していた。問題なのは「当事者である」というより「当事者になる」という「当事者性」なのである(決して「当事者」ではない)。ただ「当事者」という言葉にとらわれ過ぎると、議論が結局繰り返しになってしまうことがある。

そこで参照にしてみたいのが「当事他者」という言葉だ。(ややこしい言葉かもしれないが、いわゆる「簡単な言葉」を安易に許してしまうと物事を見逃してしまう可能性があるので、ここは話し言葉での場ではないということを前提に書かせて欲しい。)「当事他者」という言葉は日本の哲学者である廣松渉氏が『世界の共同主観的存在構造』という本の中で使っているのだが、ごく簡単に言えば、次のようにまとめられる(※私なりの解釈である)。


人は誰かに視られていることによって呼びかけれ、ある役割を期待される。視られている「私≒自己」はその「まなざし」に対し、それまでの「私」の在り方を超えて、自分の内で考え模索しながら応答のためのある形を作って「まなざし」を投げ返す。「私」は「まなざし」を投げかけられているという意味では「当事者」ではない。しかし、「まなざし」を返す際に、「私」は「当事他者」として、ある期待された役割を「私」の側で調整した役割として遂行しようする。そうした「まなざし」の相互的な「呼び掛け」の中で人は「主体」として共同的に「出会う」ことになる。


さあ、話を難しくしてしまった。何が言いたいかというと、視られているという感覚とその応答の連鎖から「主体」が「出会う」というのは、視る—視られるという関係を持つTwitterを使って即座に集まり、「n次創作」といって次々とつないでいく「ジレンマのジレンマ」の構造をまさに言い当てているといってもいいのではないか。確かに、「どうしたらいいんだ」ということに対応するアクションプランは容易には見えてこなかった。「ジレンマ」を「ジレンマ」として繋いでいく、しかも少しずつ形を変えながら、というこの形態の連鎖反応に苦しみながら何かを見いだすしかないように思われる。


(4)語れなかったこと、システムの問題
ここで、番組中の討論で触れられなかったシステムの問題についてさらっと書いておきたい。これまでみてきたように「わかる」「共感できる」「当事者である」といった、すでに「意識の高い状態」を基盤としてシステムを構築していくことは難しい上に、長期的な「持続性」をもたらすことができないだろう。すでに完成しているようなシステム構想はすぐにその「例外」や「不確定要素」によって崩壊する(3.11以降の原発事故ほどこのことを如実に示した出来事はない)。「完成したシステム」の採用は「事前規制」と同じ発想である。だとすれば「例外」や「不確定要素」を基盤にした、「事後規制」的なシステムへと移行しなければならないだろう。


私が特に言いたいのは、議会制民主主義の限界が叫ばれている現在、それを乗り越える次善のアイデアとして「部分的な議員のくじ引き制」の導入を考えてみてはどうかというものである。国会議員、地方議員、などのいわゆる「政治家」の一部を「くじびき」によって、つまりは無作為に選び出すというわけだ。「くじ引き」こそ民主主義の原理的要素である。そんなものムリだといわれるかもしれないが、基本的な考え方は「裁判員制度」とさして変わらないと思っている。


日本の傾向としては、長期的に見れば明らかにおかしいのだけれど目先の利益や損害を考えて「専門家」「政治家」に任せてしまうということだ。それだからいつまでたっても「かっぱえびせん症候群」なる、「やめられない、とまらない」状態が打破できないのだ。この「くじ引き制」は日本の特性、すでに決められたり、追い込まれたりした場合、「適応」する手段を探るという方向性とも合致している(ただし、現段階では企業レベルでしか行われていない。これを個人レベルに「無理矢理」移行させるということだ)。


「バカなやつや犯罪者がなったらどうするんだ!」という反論も来そうだが、それを適応させるだけの教育機関の制度の充実がなされるだろうし、むしろ今までそれをしてこなかったのが問題なのだ。それに「政治家」というのは一つの「権力」の場となるだろうが、不意に「政治家」になってしまった場合、その人の人格よりもその場の在り方によって行動が左右されることになるだろう。それに何も「政治家」全員をランダムに選べと言っているわけではない。あくまで一部である。


「その人の仕事や自己実現はどうするんだ!」とという反論もありそうだ。しかし、期間が限定的にすればよいし、給与や報酬も明確に保証する、職場復帰などの規定も作る(しかもそのことによって企業での働き方に関する規定も改善する可能性がある)。現段階は「自己実現」を「政治家になりたい人」「政治家になれるだけの人」に丸投げしてしまっている状態なのだ。こっちの方がよほど問題だ。


とはいえ、これは一つのアイデアに過ぎない。「どうせわれわれはマイノリティであり、負ける闘いだ」と猪子さんならいいそうだ。それを通す「手段」も思いつかない。ただ、そもそも今は通常のやり方で「勝てる闘い」などないのだ。それこそ「ムリから始めよう」と言わなければならないはずだ。「希望=望みが希(うす)い」を語るとすれば、残念ながらデモクラシーは非対称的なのだ、ということだ。数では非対称、しかし、逆に駒崎さんなどのようなNGOやNPOの取り組みや「脱原発デモ」や「就活ぶっこわせデモ」のようなデモの取り組みは非対称であるにもかかわらず、「力」を見せ始めている。だからそうした「非対称性」をあえて利用し、転倒していく必要があるのではないだろうか。


(5)「徒労感」と「ジレンマのn乗」
長くなってしまったが、最後に触れるべき事柄は討論を終えての「徒労感」についてである。「ニッポンのジレンマ」では宇野さんが言うように「徒労感」があったようだし、「ニッポンのジレンマのジレンマ」でも正直なところ、終了時には多くの登壇者が「徒労感」を見せていた。私自身も今日はかなり「徒労感」に襲われていた。では、この「徒労感」は無意味のだろうか。否、そうではないのだろう。本を見返していたら、次の言葉に惹き付けられた。

「挫折は直ちに新たなる投企を動機づける。それというのも、私の先の投企を挫折に終わらせた他者の応答は、その存在そのものにおいて「呼掛」だからである。」(廣松渉『世界の共同主観的存在構造』247頁)

私たちのこの「徒労感」は「呼掛(よびかけ)」が含まれていると考えるべきだろう。だから「徒労感」は「終わり」ではなく、「終わりなきジレンマ」の始まりなのだろう。「ジレンマのジレンマのジレンマの…」のように「ジレンマのn乗」として続いていってくれればよいと思う。大事なのはこれが足し算ではなく掛け算だということだ。だからそれが「掛けられて」続いていくとき、爆発的に何かが生まれていく、そう信じたい。

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「就活ぶっこわせデモ」に向けて 『何を「ぶっこわす」べきなのか?ー別の仕方で思考することー』

突然ですが、私は現在「就活ぶっこわせデモ」なるものを大学生主体である実行委員会の仲間とともに企画しております。詳しいことは「就活ぶっこわせデモ」ブログをご覧下さい。そのブログの中で「就活」の問題から今の日本社会の問題点を考える文章を書いた。それをここでも転載しておこうと思う。

↓↓以下転載

【あらかじめの注意】私は話も長ければ、文章も長い。その点お許しいただきたい。ただ本気で考えたいという人には是非読んで欲しい。その上で建設的な批判をもらえればうれしく思う。
※「主張」カテゴリーに分類される文章は実行委員一人一人の「就活ぶっこわせデモ」に対する思いや意見である。実行委員会の総意ではないことにご注意いただきたい。

【本文】
「就活ぶっこわせデモ」がここ最近センセーションを巻き起こしている。Twitterの「就活ぶっこわせデモ」アカウントには非難・罵倒・意見・賛同などたくさんのリプライが来ており、「デモ 就活」でタイムラインを検索すれば、分単位で情報が流れている。これは最初の爆発的に拡散されたツイートとニコニコニュースや2ちゃんねるに取り上げられたことが大きな要因であるようだ。

ニコニコニュース
2ちゃんねる

しかしながら、なぜたかだか数十人の学生が「就活ぶっこわせ」を掲げ、デモをすると表明しただけでこれほどセンセーショナルになるのか。実のところセンセーションを巻き起こした段階では「就活ぶっこわせデモ」に関する情報はそれほど多くなかった。にもかかわらずこれほどの反響読んだからにはその現状分析が必要である。その上で、「就活ぶっこわせ」と言ったとき、何を「ぶっこわす」べきなのか、ということについての私の意見を書いてみようと思う。

まず、多くの反応は「就活ぶっこわせデモ」というこの一言、あるいはそれを含んだ1ツイートを対象にしていたことがわかる。もちろん、情報が多くない中でそこに非難が集まるのは当然ではあるし、インターネットの「炎上」と呼ばれる現象の構造からしても多くの情報が必要でないことは明らかである(インターネットにおける匿名の審判性について本稿では多くを語るつもりはない)。しかし、問題はなぜ「就活」と「ぶっこわせ」、そして「デモ」という単語が「炎上」の対象となるかということだ。

面白い事実がある。「就活ぶっこわせデモ」の実行委員会は「就活ぶっこわせ」という名称以前から活動しており、単に「就活デモ」と名乗っていたときにはほとんど反応がなかったということだ。したがって、「就活デモ」の実質はさほど問題ではない。つまり、「就活ぶっこわせデモ」という名称に何らかの構造が隠されていると推察できる。

ここから二つのことが考えられる。すなわち、第一に「就活」という概念は何らかの道徳規範と強力に結びついており、またそれ自体規範形成の作用を持っているということだ。多くの人が持つその道徳規範が破られた場合には「社会」によって裁かれねばならないとされる。第二に、「ぶっこわせ」と「デモ」という言葉はそうした規範を逸脱する社会的な言説であり、行為であるという観念が日本社会を覆っているということだ。規範としての「就活」概念が「就活ぶっこわせ」という名称によって侵犯されたため、人々はネット空間において「社会」を形成し、逸脱者、侵犯者を制裁するために過剰に反応した。もし仮に「就活」概念が規範と無関係、あるいは重要な規範でないとするなら、それほど過剰反応する必要はないだろう。

では「就活」と結びつく道徳規範とはいかなるものであろうか。大きく分けて二つの規範が考えられる。一つには、多くの人が「大人」になるために通らざるを得ない社会的儀式(イニシエーション)が存在し、それを受け入れなければならないという規範である。もう一つには、「労働」とは賛美されるものであり、文句を言わずに励むことこそが美徳であるという規範だ。言い換えれば、「就活」概念は「大人」に向かう儀式プロセスとしての規範性及び、「労働は美徳である」というアイデンティティの規範性と結びついているということである。このことは「デモする暇があるなら就活しろよ」とか「そんなことせずに働け」という非難からもよくわかる。

また、「就活」概念そのものも規範であり、規範形成として作用するものだ。どのような規範かと言えば、どれほど提示されたモデルに自己のアイデンティティを近づけることができるかという規範である。もちろん、「就活なんて茶番だよ」と心の中で思っている人も多いだろう。しかし、この「茶番」とは「わかっていながらもやらねばならない」から「茶番」であり、かつみんなが「茶番」であることを知りつつも演じることで「茶番」は確固たる体制としての地位を得ることができるのだ。意識的にしろ、無意識的にしろ、モデルや規範に対する従順さが磨かれる。事実、「就活」を行う学生の意識はそれを終える前と後を比べると、後の方が圧倒的に「仕事に関する諦め感」が強まるという。要は、「就活」システムの規範形成としての意義とは、「就活」を単一の個人のアイデンティティとして埋め込み、「茶番」を「茶番」として諦める身体を増産することである。

では次に、「ぶっこわせ」と「デモ」という言葉が規範を逸脱するとはどういうことか。何を意味するのか。これには「政治的想像力」の問題が絡んでくる。少し考えてみよう。

一般的にいって、確かに「ぶっこわせ」というラディカルな言葉には規範に対して破壊的に働きかける作用を持つ。だが、それは実際に物理的・制度的な何かを破壊する行為とは明確に区別される。ごく単純な推論をしてみれば、「就活をぶっこわせ!」と言ったときに、企業の説明会に角棒を持って侵入して暴れたり、あらゆる就業の仕組みを立法権の行使によって制度的に廃止したりすることを意味しない。もっと簡単な例を持ってこよう。かつて自民党の小泉首相が「自民党をぶっこわす!」と言って党内改革に着手したが、これによって自民党はなくなっただろうか。答えは言うまでもない。要するに、「ぶっこわせ」というのは政治的・戦略的スローガンなのである(実際これだけ多くの人が関心を持ったのだからその効果は抜群であったろう)。

しかし、多くの人が「就活ぶっこわせ」と聞いたとたん、「拒否」反応を示した理由は、一つには「就活をぶっこわせ」という言葉の政治性を理解する「政治的想像力」が欠如していたことである。もう一つには、それが欠如してしまうほどに、「就活」アイデンティティが人々の思考・意識の中に強力な根を張り巡らされているということがある。これは本来「就活ぶっこわせ」という言葉は「就活」概念への直接攻撃なのではあるが、「就活」概念がアイデンティティとして内面化されている人ほど、自分という個人への攻撃と錯覚してしまうということだ。そして攻撃された(と勘違いした)自己を防衛するために「社会」というロジックを持ち出して反撃するのである。

では「デモ」という言葉はどうか。今回の事例では「デモ」に対して「ぶっこわせ」というラディカルな言葉が結びついたことによる反応もあったが(例えば「デモは支持するけど、名前は変えた方がいいんじゃないの」といった意見)、それ以上に「デモ」それ自体に対するある種の社会的な嫌悪感も見て取れる。例えば、「デモなんてやっても意味はない、変わらない」「デモは迷惑だ」「デモなんて恥ずかしい」等々。もっとも現代において「デモ」そのものの存在を正面から否定する人は少ないだろう。多くの人はわずかながらに受けた「民主主義教育」なるものによって「デモ」が憲法によって保障されていることは知識として了解している。

だが体験的に「デモ」を知らない、あるいはちらっと見たことがあるだけにすぎないという人が大半であろう(3.11以後徐々にその風潮は変わりつつあるが)。つまり、デモが実質的に遂行できる身体がないということだ(例えば、武器を知っていても、手にしたことがない人、訓練されてない人が戦争で十分に戦えないのと同様である)。

また、体験的に少しは知っている人も含めて、現在支配的な観念は、デモとは何かを変えるための「手段」である、というものだ。これは正しいとも言えるし、一方で間違っているとも言える。デモを「手段」とだけ見なす観念は「デモの目的は?」「その主張内容は合理的か?」「もっと明確にすべきだ」「ちゃんと組織しろ」「代案を出せ」といった言説を生み出す。しかし、「目的」「合理的」「明確」「組織」というのはあまりに一元的な運動のとらえ方であるし、明らかに懐古的で固定的な政治思考に基づいた発想である。2011年に世界中で起きた運動(「アラブの春」「OCCUPY WALL STREET」等)をみても、「デモ=合理的な手段」という構図だけではとらえがたい。

「デモ=手段」に過ぎないという発想は、デモを真剣に捉える姿勢というよりかは、むしろデモを予防的に抑止しようとする姿勢である。先に挙げたような、一見デモのことを真面目に考え批判しているように見える言説は、実はその言説の自己イメージとは反対に、「失笑」や「冷笑」に基づいた抑圧的な言説なのである。例えば、「代替案(対案)を出せ。それができなきゃ努力不足ではないか」という人がいる。しかし、仮にそれをすべての人に当てはめたら、デモの参加者はみんな学者のように理論武装しなければいけなくなるだろう。

もちろん、デモが「手段」であり「大義」を持つことは前提として存在する。もちろん、「私のために反乱せよ、万人の最終的な解放はそこにかかっている」とは誰も言えない。しかし、かといって「デモには意味がない」と他者に対してシニカルになると権利もない。そこには少なくとも圧倒的な事実あるのである。すなわち、「今の状態は少なからずおかしい」という意識が存在するということだ。したがって、デモを「目的」と「手段」の二項対立図式は、一見寛容に見せかけた、抑圧的で不寛容な態度なのである。

さて、長くなってしまった。そろそろまとめよう。この文章のタイトルである最初の問い、何を「ぶっこわす」べきなのか?そしてなぜデモをするのか、について私なりの意見を述べよう。

これまで述べてきたように「就活」とはある一つの就業に関する形態に特権的に与えられた名称であり、作られた規範的概念である(それを日本式便乗型産業が利用している。例:就活塾)。そしてシステムはその「概念」が人々の思考・意識の隅々にまで根を張り巡らせることによって、作動・機能する。この特権的に構築されたシステムはこれまでのところかろうじて機能してきたが、現状はそれを利用する企業(一部)や便乗型産業が利益を得るための道具と化し、一部の「超有能」人間と規格化された従順な労働者を増殖させるとともに、必然的に一定数淘汰される人間を「承認」も「保障」もないまま闇の中に放置し続けるという構造の悪循環を加速させている。この問題は単に大学生だけの問題というより、高校生、院生、ニート、フリーター、既卒者、非正規労働者、新入社員、若手教員、障害者、過労死するまで働かされる会社員などといった範囲まで射程に入れた全社会的な問題として出現しているのである。悪循環の中で生成されていくものは極度の「自己責任」論だけであり、一方で奪われるのは連帯と共生の他者感覚、他者とのつながりの中での自己決定権(「自己責任」と「自己決定」は全く反対のものである)である。様々な抑圧構造があったにせよ、「日本の古き良き」点さえもが「自己責任」によって侵食されているといってもいい。

こうした悪循環を別方向にずらしていくにはどうしたらよいか?思い出してみよう。システムを作動させるのは一つに思考・意識の中に張り巡らされた「就活」概念であると言った。だとすれば、まさに「ぶっこわす」のはこの特権化された、規範としての「就活」概念なのではないか?つまり、物理的・制度的「就活」システムの総体を変革するには、まずもってこの「就活」アイデンティティを、「就活」概念にまみれた思考を「ぶっこわす」必要があるということだ。「就活ぶっこわせデモ」の名前の意義はここにあると考える。

「就活をぶっこわす」ためのより実際的な過程は、制度的・非制度的な方法を用いた脱・構築を行い、「就活」概念を相対化、あるいは別のものへと解体することである。一言で言えば「脱・就活」の志向・思考を目指すということだ。そうした点こそ専門家や政治家、官僚はもとより、全社会的な関心を持って考えられるべき事柄である。この具体例を全部列挙することなどとうていできないし(できるとしたら何も問題は起こっていない)、それをするのは本稿の目的ではないが、あえて例を挙げるとすれば、制度的なもので言えば、ギャップイヤーの設置、新卒一括採用の改善など、非制度的なもので言えば、就業者向けの自発的で実践的な労働法研究サークルの結成などがあげられよう。

ただし、常に念頭に置く必要があるのは、こうした制度・非制度の構築には運動が並行する必要があるということだ。運動なしでの制度論は「御上の改革」に過ぎず、悪循環を繰り返すだけである。議論する俎上がないままでは、意識高い学生の知的談義程度でとどまってしまうだろう。デモは少なからず人々に応答する責任を与え、議論へ向かう起動力を持つ。だから、まずは「就活ぶっこわせ!」と叫んだらいい。そこでのつながりから制度的なものも、制度的ではない新しいものも生まれるのだから。

最後に「デモ」に関して述べておこう。ではなぜデモをするのか、それで世界は変わるのか?気を付けねばならないのは、こうした問いの建て方はそれ自体誤った結論を導く可能性がある。デモや運動は「意味がある・ない」「役に立つ・立たない」「変わる・変わらない」の二元論に簡単に還元されてしまう(まさにその思考が問題なのだ!)。だが、どこか遠くの「未来」にある理想の社会、あるいはユートピアを目指して変革の意志を持つ時代は終わった。むしろ、変革は常に、今ある「現在」を絶えず別の方向にズラしながら、拡張することによって行われると捉えた方がよい。その闘いの中で「自由」を「民主主義」の傾向を最も鋭くすることが「変革」に他ならない。

また、次のことも重要である。変革の対象は他者(あるいは大きな「世界」)ではない、ということだ。言い換えれば他者を変えることを運動の一義的な目的に据えてはならない。なぜなら、実際に他者が、世界が変わったかどうかなどは比較した傾向の中で把握できるだけであって、正確に計ることのできるものではないからだ。重要なのは現在の「おかしさ」からまず自己に対して働きかけ、ある既存のものへの拒否とそこからの自立/自律を促し、運動の中で実践することによって自己を変革することである。他者の変革は自己の変革の副次的、間接的作用として現れるだけである(もちろん、これは理念型である)。「自己が変わりうる」と目の当たりにしたときから、すなわち別の思考で生きることができると感じたときから、そしてそうした自己の集合が現れるときから、変革は始まるのだ。

以上、「就活ぶっこわせデモ」の分析とそれへの私の思いを書き綴った。意見があれば建設的な批判をお願いしたい(なお、より個人的なことが聞きたい場合にはTwitter等でどうぞ。)

Twitter:@uchunohate

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アレントとマルクス−「労働」と「仕事」について−

 今回はハンナ・アレントの『人間の条件』(志水速雄訳 筑摩書房 1994)を読み、「労働」と「仕事」ということについて考えていこうと思う。ここでの文章は現代思想読書会でのハンナ・アレント『人間の条件』の第三・四章の読解を基盤に書かれたものである。その主たる目的は、マルクスの対比を通してアレントにおける「労働」観をつかみ、そこから著書全体の読解の糸口をつかむことである。アレントは主としてマルクスの批判を通じて第三・四章の「労働」「仕事」を書いている。一・二章をまとめたものがないので、初見の人にはかなり読みづらいと思われるが、これだけを読んだとしても独立して理解できるように工夫は行うつもりである。


 さて、前提がわかりづらいと思うのでまず補足をしておくと、本著『人間の条件』はアレントがシカゴ大学で行った「活動的生活」という表題の講義をもとにして書かれたものである。「人間の条件」という言葉から類推できるが、人間にとって欠かせない「条件」とはいかなるものであるのかをその主題として問うている。ただし、注意しなければならないのは「人間の条件」を見極めることは「人間の本質・本姓とは何か」「われわれは何者であるか」を説明するものではないということだ。人間存在の諸条件、例えば(アレントがあげるところでは)、「生命それ自体、出生と可死性、世界性、多数性、地球」は人間を条件付けてはいても、人間が何であるかは説明していないということである。アレントの目的はあくまで「条件」を探ることである。


 本論に入る前に、アレントが一章の冒頭で人間の三つの基本的な活動力を定義づけているので、それを引用しておこう。


(以下引用)19〜20頁

第一章 人間の条件

1<活動的生活>と人間の条件

 <活動的生活> vita activa という用語によって、私は、三つの基本的な人間の活動力、すなわち労働、仕事、活動を意味するものとしたいと思う。この三つの活動力が基本的だというのは、人間が地上の生命を得た際の根本的な条件に、それぞれが対応しているからである。

 労働 labor とは、人間の肉体の生物学的過程に対応する活動力である。人間の肉体が自然に成長し、新陳代謝を行い、そして最後には朽ち果ててしまうこの過程は、労働によって生命過程の中で生み出され消費される生活の必要物に拘束されている。そこで、労働の人間的条件は生命それ自体である。

 仕事 work とは、人間の存在の非自然性に対応する活動力である。人間存在は、主の永遠に続く生命循環に盲目的に付き従うところにはないし、人間が死すべき存在だという事実は、種の生命循環が永遠だということによって慰められるものでもない。仕事は、すべての自然環境と際立って異なるものの「人工的」世界を作り出す。そのものの世界の境界線の内部で、それぞれの個々の生命は安住の地を見いだすのであるが、他方、この世界そのものはそれら個々の生命を超えて永続するようにできている。そこで、仕事の人間的条件は世界性(ワールドリネス)である。

 活動 action とは、物あるいは事柄の介入なしに直接人と人との間で行われる唯一の活動力であり、多数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが一人の人間 man ではなく、多数の人間 men であるという事実に対応している。確かに人間の条件のすべての側面が多少とも政治に関わっている。しかしこの多数性こそ、全政治生活の条件であり、その必要条件であるばかりか、最大の条件である。


(引用終わり)

 引用からわかるようにアレントは基本的活動力を「労働」「仕事」「活動」に区別して定義し、それぞれを人間の条件に関係づけている。先に行っておくと、この三つの活動力の並び順はアレントにとっての重要度の度合いに比例して配置されている。すなわち、アレントにとっては「労働」は悲しむべき人間の「必然」であり、生命過程の自然性である。それに対し「仕事」は人間が自ら「人工的」に世界を立てられる力であり、それによって生命の安住の地を見いだすことができるものである。しかし、「仕事」だけでは人間の活動としては不十分であり、「活動」こそがアレントが最も重視する概念である。

 アレントは第三・四章でこれらの活動力の前二者、すなわち「労働」と「仕事」について、主としてカール・マルクスの批判を通じて、それらの「概念」を明らかにしていく。五章・六章では「活動」について書かれることになるが、本章はその前提的記述である。しかし、その内容は現在の私たちが「労働」と「仕事」と呼ぶところの物を理解する上でも大変重要だと思われる。以下本論では、現代的な問題意識も持ちながら、「労働」と「仕事」について考えていきたいと思う。


■「労働(レイバー)」と「仕事(ワーク)」■


 第三章以降ではアレントは主に「労働」と「仕事」の概念の再検討を行う。その際、アレントは常にマルクスを念頭に置きながら批判を展開する。もちろんアレントは決して俗っぽい「マルクス主義者」批判、もしくは非難を行おうとしているのではない。アレントはバンジャマン・コンスタンの言葉を引きながら、マルクス自身の有効性と限界を見極めたいとしている。


 アレントの主要な批判は旧来の「労働(レイバー)」概念のとらえ方に向かう。すなわち、マルクスに至るまで西洋の伝統的な「労働(レイバー)」概念は「労働(レイバー)」と「仕事(ワーク)」を同一視してしまっているという批判である。アレントにいわせれば、「労働(レイバー)」と「仕事(ワーク)」は人間の基本的な活動力であるという点においては同一だが、語源的に意味でも、その意味するところは全く異なるものであるという。


 まず、「労働(レイバー)」とは人間の生命過程における「必然(必要)=生物学的過程」に対応するものであるという。「必然」に対応するが故に、「労働(レイバー)」は終わりなき活動力としてとらえられ、強い緊迫感を持ち、強力な衝動かき立てる。同時に「労働(レイバー)」の重要な特徴はそれが素早く「消費」され、耐久性・持続性を持たないということである。


 一方で、「仕事(ワーク)」とは生命過程の「必然」に従属するのではなく、それ自体の成果のうちに耐久性・持続性を含んでいる。「仕事(ワーク)」は生産物が完成した時点で終わりを迎える。その生産物は、それが「もの(物)」であることによって、耐久性・持続性を持っており、「世界」を構成する。たとえ、100円ショップの靴であっても「もの」であるがゆえに、たとえその耐久性は低かろうと、少なからず耐久性を持って、物的な世界を構成しているのだ。したがって、生産された「もの」は世界の物的性格を持っており、世界において場所、機能、滞在期間をしめることができるのである。


 さて、「労働(レイバー)」と「仕事(ワーク)」の概念は歴史上の評価を受けてきた。古代ギリシアにおいては「労働(レイバー)」は記憶や痕跡、すなわち世界の耐久性に値する物を生み出さないとして、軽蔑の対象となった。言い換えれば古代ギリシア人は「必然」への従属を忌み嫌ったのであり、その「必然」の領域である「労働(レイバー)」は奴隷に任された。一方、ギリシア人は「仕事(ワーク)」に対しても、というよりも「仕事(ワーク)人〈工作人〉」に対してもある種の不信感を抱いていた。それは「仕事(ワーク)」が欲求の必要によるもの、あるいは「交換」に対応することとして考えられる限りにおいてである。ただ、古代ギリシアにおいては「労働」と「仕事」の区別はそれほど明確ではなかった。ギリシア人たちは「仕事(ワーク)」というよりも「思考」の方に、考えることの方に、重点を置いていた(このことに関しては後述)。要するに、「人間の活動力に対する古代人の評価は、いずれも、欲求が必要とする肉体労働(レイバー)は奴隷的なものであるという確信にもとづいて」(136−137)おり、「古代の奴隷制は、安い労働(レイバー)を手に入れるための仕組みでもなければ、利潤を搾取する道具でもなく、実に人間生活の条件から労働(レイバー)を取り除こうとする試みであった」(137)のだ。


 こうした古代の「労働(レイバー)」と「仕事(ワーク)」というに対する評価は近代になると一転する。古代ギリシアでは侮蔑されていた「労働(レイバー)」概念が近代になると賛美されるようになるのである。


 「近代は伝統をすっかり転倒させた。すなわち、近代は、活動と観照の伝統的順位ばかりか、<活動的生活>内部の伝統的ヒエラルキーさえ転倒させ、あらゆる活動の源泉として労働(レイバー)を賛美し、かつては<理性的動物>が占めていた地位に<労働(レイバー)する動物>を引き上げたのである。」(139)


 近代では「労働(レイバー)」こそ価値の源泉であり、神が人間を作ったのではなく、労働(レイバー)こそが人間を作ったのだと考えられるようになる。これはマルクスが提唱したことではなく、アダム・スミス以来の古典派経済学の伝統であった。ちなみに、アレントも認めているようにマルクスが革命的であったのは、「再生産」を超えて剰余を「生産」するものとして、「労働(レイバー)」ではなく、「労働力」を「発見」したことにある。


 「労働(レイバー)」の賛美の一方で「仕事(ワーク)」に対する評価は「労働(レイバー)」に付随したものに過ぎなかった。すなわち、「仕事(ワーク)」は「労働(レイバー)」と結びつけられて考えられ、それ自体さして意味をなすものでなかった。そのことは「生産性」と「非生産生」、「熟練作業」と「未熟練作業」、もしくは「肉体労働(レイバー)」と「精神労働(レイバー)」という二項対立の中に押し込められ、「仕事(ワーク)」は「労働(レイバー)の生産性」の名の下に有意味なものとはとらえられなかった。アレントはそれを端的に「永続性、安定性、耐久性という、世界の制作者である<工作人>の理想は、豊かさという<労働(レイバー)する動物>の理想の犠牲となった。」(188)と表している。


 そうした近代の「労働」重視の考え方は「消費社会」という呼び名でも表される。アレントにしたがえば、「消費社会=労働者の社会」ということである。そこでは「仕事人<工作人>」は「生計を立てる」ということに従事しているため、その意義は「労働」の従属物として見なされる。アレント曰く、産業革命がすべての「仕事」を「労働」に変えてしまったのだ。唯一の例外は「芸術家」であるが、彼らも含め、多くの「仕事人」の「仕事」の意義は労働の対概念としての、否定的なニュアンスを持った「遊び」や「趣味」の領域に押し込められている。アレントはこのことの危険性を指摘する。


 「社会は、増大する繁殖力の豊かさによって幻惑され、終わりなき過程の円滑な作用にとらえられる。このような社会は、もはやそれ自身の空虚さを認めることができない。つまり『労働が終わった後にも持続する、何か永続的な主体の中に、自らを固定したり、実現したりしない』生命の空虚さを認めることができない。危険はこの点にある。」(198)


 そうした指摘の上で、アレントは、「世界」の物質性、耐久性は、まさに「仕事」によって「立てられている」と力強く説く。


「世界とは、地上に打ち立てられ、地上の自然が人間の手に与えてくれる材料で作られた人工的な家であり、それは、消費されるものからできているのではなく、使用される物からできている。自然と地球が一般的に人間の生命の条件をなしているとするならば、世界と世界の物は、この特殊に人間的な生命が地上において安らぐための条件をなしている。」(197)


 アレントは近代において「労働」の下で見過ごされてきた「仕事」の重要性を「再発見」しようとしたのである。アレントはまさに生物学的な生命過程に押し込められた「仕事」の有意味性と「物」の持続性を、終わりなき、反復的なサイクルの中から救い出そうと試みている。


■古代ギリシアの「思考」と「言論と活動」■


 さて、話をギリシアに戻してみたい。古代ギリシアで「仕事」に対してもある種の不信感がもたれたのは「仕事」が欲求に対する必要に向かっていたからである。では「労働」と「仕事」の双方に否定的な感覚を持っていた古代ギリシア人は何に価値をおいていたのか。それは「思考」という名の特殊な活動力に対してであり、そしてそこから生み出される「活動と言論」の「生産物」に対してである。


 アレントによれば、「思考」と「活動と言論」は「労働」にも「仕事」にも分類しがたい。「思考」は「労働」としては生産性が低いし、「仕事」とは時間的な両立ができない。


「<活動的生活>は世界の物の中で営まれるが、この世界の物は、労働の生産物とは非常に異なった性格を持っており、労働とはあった異なった種類の活動力によって生産される。そのことを私たちに教えてくれるのは、理論ではなく、言語であり、言語の基礎になっている基本的な人間の経験である。」(148)


「考えることと仕事することとは、決して同時的には起きることのない、二つの異なった活動力のことなのである。世界に自分の思考内容を知らせたい思想家は、何よりもまず思考することをやめ、自分の思想を記憶しなければならない。」(144)


 つまり、「思考」と「言論と活動」はそれらとは別の「活動力」なのである。「思考」そのものは物(質)性を持たないが、それは「言論と活動」を通じて、物(質)性を帯び、持続的・耐久的となることができる。アレントはこの「思考」の物(質)性を<活動的生活>とむすびつけている。<活動的生活>については第5章以降で述べられることとなるだろう。およそこの点でアレントはギリシアにその「故郷」を持っているように思える。


■アレントのマルクス批判 −マルクスと「生産」および「交換」−■


 さて、ここで興味深いことがある。アレントは第3・4章を通じてマルクスに対して批判的であったが、実はアレントとマルクスは奇妙な交差をしているようにも思えるということだ。


 マルクスにしてもその思想的「故郷」は古代ギリシアにあるということである。今村仁司氏は『マルクス入門』という著書を、その第1章を「『ギリシア人』マルクス」という印象的なタイトルで始めている。氏はマルクスの『経済学批判要綱』の一説を引用している。少し長いが引用しておこう。


 「大人はもう一度子供になることなどできない。むしろ子供っぽくなるだけだ。だがそれにしても子供の素朴なさまが大人を喜ばせることはないだろうか。大人が子供より高い階段にたって一度自信で子供の真実を再生産することに励んではいけないのだろうか。子供の性質[自然]には、どの時代にもその時代固有の特徴が自然の真実のかたちをとってよみがえりはしないだろうか。人類が最も美しく花咲いた人類の歴史上の子供時代が、二度と帰らぬ段階としてなぜ永遠の魅力を放ってはいけないのだろうか。わんぱくな子供もいれば、ませた子供もいる。古代民族の多くはこのカテゴリーに含まれる。普通の子供だったのがギリシア人だった。ギリシア人の芸術がわれわれに魅力的であることと、その芸術を育てた社会の段階が未発達な段階であることとは、何ら矛盾する物ではない。むしろその芸術がそのもとで成立し、そのもとでしか成立し得なかった未熟な社会的条件が二度と繰り返し得ないということ−むしろこのことと分かちがたく結びついているのである。(『経済学批判要綱』「序説」、強調は引用者。(注:今村氏のこと)「マルクス・コレクション」第Ⅲ巻、筑摩書房所収)」


 この文章からもわかるように、マルクスの「精神的故郷」はギリシアにあるといえる。その点ではアレントと共通している。


 ではそのことも考慮した上で、アレントのマルクス批判を振り返ってみたい。確かにアレントはマルクスの「労働」観を批判している。しかし、マルクスにおける「労働」の彼方にある「労働」、言い換えれば「労働を超える労働」「労働ではない労働」といった事柄に対して十分に検討しているようには思えない。アレントは「労働=必然」の図式は自明としている一方、それとは別の「活動力」として「仕事」を考えた。それに対し、マルクスは「労働を超える労働」を模索した。これらの概念にはもちろん差異があるものの、奇妙な共通点が見られるのも確かである。


 この点からすると、アレントのマルクス批判は実はマルクスの「労働」の、しかもその「生産性」批判に終始しているように思われる。これは、『人間の条件』が1958年に書かれた著作だということを鑑みれば、一つの時代的限界ととらえられるのではないだろうか。それに対して、今村氏が言うところのギリシアから発する「贈与心性」 や、柄谷行人氏がいうような「互酬性(贈与と返礼)」 からみればアレント「仕事」あるいは「活動」の概念はマルクスの「(労働を超える)労働」は通底しているところがあるようだ。言い換えれば、柄谷氏が提唱しているように、マルクスを「生産」の側からではなく、「交換」の側から捉えたときに、アレントとマルクスはそのつながりを見いだすことができるということだ。


 ところで、アレントは近代の「労働」と「仕事」の関係の中で、「仕事」は「労働」の対概念に過ぎない「遊び」に還元されているという意味で、否定的な領域に閉じ込められていると論じている。アレントは少なくとも「労働」概念の内部には、また内部から肯定的な評価を与えない。「労働」とはあくまで「つらい」ものであり、「労働」そのものには救済、あるいは解放の余地はない、といわんばかりである。アレントの「労働」に対する悲観的すぎるとも言えるこうした見方は妥当であろうか。


 アレントのいうところの、「労働」の賛美は、具体的な歴史の文脈でいえば、いわゆる旧左翼(=共産党、社会党)のスローガンであった。また、後の新左翼(セクト)にも見られる傾向であった(もちろん『人間の条件』が書かれた時点では「新左翼」は登場していない)。彼らは確かに「労働は美徳」とし、「労働者階級」における「労働」を重視し、「労働」と見なされるもの以外は有用ではなく、時に「遊び」という否定的なニュアンスを伏した。「左翼」は新・旧問わず、「労働者中心主義」であった。この点ではアレントは正しい。


 しかし、新左翼以降の運動の中からは、むしろ「遊び」を肯定的に捉える動きが出てきたように思える。1970年代頃から始まる、資本の再構成以後の社会、いわゆる「ポスト・フォーディズム」の社会においては、圧倒的なオートメーション化が進み、「労働=必然(必要)」に対する人間が費やす物理的な時間は大幅に減少した。それに伴い、「労働」の形態自体が、工場で行うような「物質的労働」から、都市での第三次産業におけるサービス労働、認知労働、情動労働などの「非物質的労働」へと変化した。すると「労働」の中に積極的に「遊び」の概念を見いだすことができるようになったと思われる。もちろん、アレントのいうように、「必然」がなくなったわけではないが、もはや「労働」概念は生命過程に基づく「必然」に限られなくなってきた。「労働」の内部から逆に「労働ではない労働」の兆しが立ち現れてきたとも言えるのではないか。あるいは、アレントの「仕事」の概念を使うならば、「労働」に従属的だった「仕事」自体が否定的に捉えられていた「遊び」の内部で、「遊び」そのものの質を肯定的なものへと変質させたとも言えるのではないか。


 この点、アレントは、マルクスのように内部からの解放の発想、すなわち「労働を通して労働を超える」というような発想ではなかった。アレントは古代ギリシアのような本質性を求める別の領域を打ち立てようとする方法をとった。そのため「労働」における「苦しみ」はそのままに、別の活動力によって「安定=持続性」に至ろうとするのである。対照的に、マルクスの姿勢は一貫して内在的な「力」を通じて外部へと解放しようとするものである。いってみれば、マルクスは常に「敵の武器を取って闘う」のである。マルクスも「労働」の「苦しみ」に焦点を当てていたことは確かだが、その「労働」そのものの質的飛躍をも政治的プロジェクトとして打ち出したのだ。ここにアレントとマルクスの「労働」に対する姿勢の違いが見て取れる。


 アレントとマルクスの方法論的相違をあきらかにしている箇所がある。ここでアレントは「労働=必然」と「自由」について語っている。


「人間は、自分が必然[必要]に従属しているということを知らないとき、自由ではありえないからである。というのは、人間の自由とは、常に、自分を必然[必要]から解放しようという、決して成功することのない企ての中で獲得されるものだからである。」(181)


 アレントは「自由」になるためには人間は「労働=必然」に従属していることを知っていなければならず、逆に自分が従属していることを自覚しないでいればその人間は「自由」になることはできないということだ。ちょうどそれは、「不幸」の状態を知らない人間が「幸福」になれないのと同じようなものである。アレントはこの認識に立った上で、「必然」はそのままのかたちで保持しておき、人間自身が作り上げられる独自の領域を確立しようと試みる。そのことは第5章の最初のページに引用されるイサク・ディネセンの「どんな悲しみでも、それを物語に変えるか、それについて物語れば、堪えられる。」の言葉が象徴的である。


 それに対し、マルクスはこの認識自体は共有しているものの、アレントとは違い、むしろ「決して成功することのない企て」を常に生み出し続けることによって、「自由」になろうと試みるのである。この点、マルクスの思想が「ユートピア」といわれるのは当然かもしれない。マルクスが特異なところは「ユートピア(=どこにもないno-where)」だから仕方ないと諦めるのではなく、常にその方向に向かい続けることで「どこにもないno-where」を「いま、ここnow-here」へと変容させてしまうところにあるだろう。「いま、ここnow-here」を広い意味での「革命」として現前させ続けるのがマルクスの「政治的プロジェクト」といってもよい。


 このようにアレントとマルクスは方法的な差異がある一方で、思想的な態度としては通底したところがある。それは共に古代ギリシアを思想的「故郷」として持ち、「贈与心性」というギリシア的態度をその思想の核に含みながら、「政治的プロジェクト」を提出しているということである。アレントとマルクスの政治的位相はかなり異なるものだが、それを単なる違いとして片付けるのではなく、その共通項と差違を明確にすることでより深い読みをすることができるのではないかと思う。


 ここまで『人間の条件』3・4章「労働」「仕事」をアレントとマルクスの比較を行いながら読んできた。次回は5・6章ではここでの分析から、両者の違いとアレントの見通すところを明確にできるだろう。ここでの視点がアレントおよびマルクスの理解と読解の一助になれば幸いである。


【参考文献】
・今村仁司『マルクス入門』ちくま新書 2005
・柄谷行人『世界共和国へ』岩波新書 2006
 

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「知識人」ミシェル・フーコーと政治的コミットメントの「功罪」

 少し聞くところによると、このブログ私の周囲の人にはそこそこ好評で「楽しみにしている」といってくれる人までいる。しかし、卒論や院試に向けた勉強等でこのブログをなかなか更新できないでいる。そこで今日は大学の講義のレポートとして出した「知識人」論(フーコー)を掲載してみようと思う。


 私自身フーコーについては現代思想の著作等で多々目にするものの、まともに知ろうとしたのはこの講義とそのレポートが初めてであった。そのためフーコーを読み込んでいる人などからすれば何当たり前なことをと思われるだろう。そのためフーコーの著作の中身にはほとんど言及できない(フーコーの著作は徐々に読んでいくつもりである)。しかし、これを通してフーコーという人物の「知識人と政治」という側面を垣間見ることができるのではなかろうか。また「知識人」というものを考える手がかりにもなるのではないだろうか。皆さんからの評価と批判にさらされるためにも、ここに掲示しておきたい。


 掲載するに当たり、基本的な論の方向性を簡潔に言っておこう。「知識人」と呼ばれる人々の政治に対しての関与は古今東西見られることだが、それに伴う「知識人」論および「知識人」論批判もまた多数展開されてきた。そのうち「知識人」論批判を書いている人にシカゴ大学で社会思想を教えているマーク・リラという人物がいる。彼はフーコーの「知識人」としての政治的コミットメント(例えば、監獄改革に向けた闘争、ゲイとして公言、イタリアの政治弾圧に抗する声明等々)に対して、その著書で(特にフーコーに関しては)滅多打ちに批判している。その批判の仕方が個人的には気に食わなかったので、このレポートでは、その批判に対して反論しようということを目的とした。つまりは「知識人」として行動したフーコーをもっと擁護しようとして書いたものである。要はもっとフーコーの政治的コミットメントを評価してもいいんじゃないの?ということである。


 では以下に掲載しよう。読者のなんならかの刺激やヒントになれば幸いである。(つまらなければ、全く無視してもらってもかまわない。)


論題:講義で取り上げた思想家から一人を題材に選び、「知識人の政治的コミットメントの功罪」について自由に論評しなさい。(講義はマーク・リラ著/佐藤貴史・高田宏史・中金聡訳.『シュラクサイの誘惑 現代思想に見る無謀な精神』. 日本経済評論社. (2005)を中心に知識人と政治に関するものであった。)

I. はじめに

 世界史上、古今東西様々なところで「知識人」と呼ばれる人々の政治参加(アンガージュマン)が行われてきた。ミシェル・フーコーもまた、彼を「知識人」と見なす前提の上でだが、同様である。しかも彼ほど政治参加(アンガージュマン)という言葉が付きまとう「知識人」は少ないのではないか。


 ところで、しばしば「知識人」による政治的コミットメントはその「功罪」が語られてきた。その「功罪」によって、知識人の言説それ自体までが非難を浴びることもある。例えば、ハイデガーはナチスの運動に加担しただとか、カール・シュミットの理論はナチに援用されただとかといったぐあいに、である。確かに、後に非難・批判されるような現実の政治的な営みに、当人が加担したり、その理論が利用されたりしたことは事実であった。一方でそこからくる非難は思想家の仕事としての言説を十分に読みこんだ上での批判とは言い難いものが大半であることもいえる。ただ、少なくとも考えられるのは、実際の政治的コミットメントその思想家の理論は全く無関係ではいられないということである。それを考慮した上で、そもそも何が「功罪」と呼ばれるべきなのかを検討し、当該の思想家がどのような政治的影響をもたらしたのかを理解する必要があるだろう。


 ではミッシェル・フーコーの場合はどうであろうか。彼のテクストと彼の政治的コミットメントの関係性はいかなるものであり、その影響はいかなるものであったのか。マーク・リラは知識人とその政治コミットメントの功罪についてまとめた著書『シュラクサイの誘惑』の第5章においてフーコーについて語っている。その結論部分でフーコーは次のように診断される。長いがすべて引用しておく。


「(略)かれの生と彼の著作がこのうえもなく、明瞭に示しているのは、ただ一つのことなのだ。すなわちそれは、おのれの内なるデーモンと格闘しつつ、ニーチェのひそみに酔い痴れる本質的に私的なひとりの思想家が、自分ではいかなる現実的関心も寄せず、それゆえにいかなる現実的責任も取らない政治的領域にこのデーモンを投影するとき、何が起こるのかということである。フーコーのあとからかれの内面の旅路についていくことを選んでもよいし、自分ひとりで旅立つことを選んでもかまわない。しかし、そのような精神の働きが、われわれの生きる共有された政治の世界についていやしくもなにごとかを明らかにしうると考えるのは、危険であり馬鹿げたことである。この世界を理解するには、それとはまったく種類の異なる自己訓練が必要になるだろう。」 [マーク・リラ, 2005:180]


 このような結論によってリラはフーコーの道徳に対し否定的な診断を下し、「われわれの生きる共有された政治の世界」に対してフーコーの言説と政治参加を「危険」で「馬鹿げた」ものとまで呼んでいる。こうしたリラの否定的批判は妥当な診断だろうか。確かに、外部から一見したところフーコーの言動には「危険」であるといえる点はなくはない。しかし、ここでの批判を行う際のリラのやり方はフーコーの視点を入れるという意味において不十分であり、場合によっては不当ともいえる。なぜなら、フーコー自身の言説のパラダイムから、つまりは相手の理論の内側から、相手のやり方に従ってその批判を行っていないからである。リラ自身も現在の「われわれの」「政治世界」に曝された存在である以上、そのことは避けられないのかもしれないが、「知識人の政治的コミットメントの功罪」を探るうえでは、単に、探求する側の唯一、不動の世界観によって、「功罪」を見極めることは暴力的ですらある。
 そうしたリラの結論に対する疑義に基づき、本稿ではフーコー自身のパラダイムを理解した上で、その「知識人の政治的コミットメントの功罪」を考察したいと思う。


II. フーコーにおける「知識人」

 まず前提として明らかにしなければならないことは「知識人」という言葉についてである。「知識人」論については様々な論者が展開してきた。フーコー自身もまた「知識人」について言及をしている。フーコーにおける「知識人」観を知るには「知識人と権力」と題された、1972年のフーコーとドゥルーズとの対談、および1976年に行われた「真理と権力」というインタビューを参照にするのがよいと思われる。


 「知識人と権力」でフーコーはまず伝統的な「知識人」について語っている。伝統的な「知識人」とは、国家や資本に追従するだけで優秀な「能力」でしかない人々(技師や法律家、教授など)とはっきり区別されて、普遍的良心と自由な主体として、「ものを書く」存在であった。つまり、真実なるものを、未だそれが見えざる人々の、また言うべきすべを持たない語らざる人々の名において代弁するという役割を担っていたというのである。こうした知識人の在り方をフーコーはインタビューの中で「『普遍的』知識人」という名で呼んでいる。一般的にはマルクス主義者の「左翼」知識人たちがその代表的存在であった。


 フーコーはこうした旧来の「知識人」観に対して、新しい知識人の姿が浮かび上がってきたということを述べている。


「知識人の役割は、《わずかばかり先に立ってみたり連帯したり》して、誰も口にできない真実を言明することではもはやなくなっている。それはむしろ、権力の目標であり同時に道具でもあるその地点、つまり、《知》と、《真実》と、〈意識〉と、《ディスクール》の領域において、権力のあらゆる形態と闘うことなのです。」 [フーコー, 2006:81]


この対談がなされたのが1972年であることから、こうした「知識人」観の変質は、フーコー自身も体験した1968年の5月革命の影響を受けていることが推測できる。事実、先の引用の直前の箇所には次のように書かれている。


「最近風向きが悪くなっていらい知識人たちが発見した事実は、一般大衆が、物事を知るにあたって知識人を必要としていないという点です。一般大衆は、完璧に、明確に、知識人よりもはるかにものを知っている。しかもその事実を、実にしっかりと言明しているのです。」[フーコー, 2006:80]


 ここでの「一般大衆」は5月革命のデモ隊と見て間違いないであろう。フーコーの「知識人」観はそれ自体現実の政治的状況の中で形作られていったのである。こうした新たな「知識人」を彼は前述の「『普遍的』知識人」と対比して「『特定領域の』知識人」と呼んでいる。「特定領域」というのは当該の「知識人」の専門領域内のことであり、「知識人」はいわばそのミクロな領域内で働く権力とミクロな次元で闘うことが要請されるのである。そこではもはや「知識人」は誰かを代表、代行する存在ではなくなり、彼自身がミクロの権力の場に立って直接的に闘争することになるのである。その意味でフーコーは「理論とは、一つの実践なのです。」[フーコー, 2006:81]と言い切ることができた。「理論と実践」と考えられてきたパラダイムは、ここにおいて「理論も実践(あくまで一つのだが)」というそれへと移ったのである。フーコーを「知識人」というときにはこうした彼自身が想定していた「知識人」観に寄り添う必要があるだろう。


III. <現在>の哲学者フーコー

 さて、ここで次に思想家、哲学者としてのフーコーの「理論」を概観しておきたい。なぜならば、彼の理論はそれ自体一つの「実践」をなしているということが前章の考察から明らかになったからである。つまり、著作の政治性を明らかにすることがそれ自体で政治的コミットメントにもつながる可能性を持っているということである。しかしながら、フーコーの書いた著作をすべて取り上げてその関連を並べ立てることはできないし、その性質を一つ一つ分析するのはここでの範疇の外にあるように思われる。そこでここではフーコーが著作に向かう根本的な方向性と姿勢をあきらかにしたい。それは<現在※> の哲学者としてのフーコーという性格を理解すること、そして彼の頭から常に離れなかった問題である「権力」について理解することによって可能になるように思われる。この章では初期のフーコーの著作に触れながら、前者について明らかにしたい。


【※注:フーコーは歴史を分析する際に、単純な連続性を持つ時間として歴史を語らない。単に過去からきて未来に向かう時間としての現在ではなく、「現在の診断として」過去の時間を再構成するような記述を行う。そこで単純な現在という意味と区別するために、ここでは<現在>と表記した。】


 フーコーの著作は1954年に発行された、パリでの精神病院研修時代の成果である『精神疾患と人格』のテクストから始まり、初期のころには『狂気の歴史』や『臨床医学の誕生』といった重要な論考が続く。これらの初期の論考では、これまでは注目されてこなかったような心理学や医学といった学問体系それ自体の歴史を分析・考察することで、<現在>に至る歴史のいつの段階で<現在>あるような権力作用を持つものが誕生してきたのかを特定している。この理論化=実践は<現在>では当たり前と思われてきた事柄が実はある特定の時代の中で作り出された限定的なものであることを明らかにするのを目指していたといってもよいだろう。


 『言葉と物』は1963年に発表されるが、このなかでは存在するものの秩序を認識するために、ものの認識に先立って一つの知の枠組み(これをフーコーは「エピステーメー」と呼ぶ)が必要であることを明らかにしていった。歴史の領域に「エピステーメー」という不連続性を持つ概念を差し込むことで、旧来の歴史主義とその目的論を克服しようとしたのだ。時間は連続するものであり、時間の流れは進歩の過程であり、そしてそれゆえに歴史には目的があるとする考え方は、最終的に終末論的にならざるを得ず、<現在>という時間が破局としてしか現れてこない。これに対してフーコーは「エピステーメー」という不連続性を持った概念によってあくまでも<現在>を構成する権力作用を分析しようとしたのだ。自らの足元から、すなわち自身が<現在>直面している「知の地層」とでもいうべき歴史性を掘り下げていこうとしたのである。こうしたことから「知の考古学」という呼び名が使われるが、フーコーの思想、哲学に「考古学」が必要となるのは<現在>の問題を最も明確に認識するためであった。


 このようなフーコーの著作の性質からはフーコーが<現在>の哲学者であるということが浮かび上がってくる。フーコーの<現在>の分析は超越論的な目的論を無効にし、(俗流)マルクス主義などの「大きな物語」的なものを崩壊させる。しかし、これは抵抗が意味をなさなくなるというよりも、むしろ逆に、より現実の抵抗を行うためであったと考えられる。その意味では、この時点でフーコーは権力論には触れていないし、「六八年五月」という事件を経験していないものの、後に権力論で示されるような権力のあり方を察知しており、政治的プロジェクトの要素を多分に含んだものとなっている。
 


IV. 権力論

 前章ではフーコーの著作に秘められた<現在>性から、その政治的プロジェクト性とのつながりを見た。この章では「六八年五月」を経験して、より実際の政治的コミットメントに繋がっていったフーコーを、彼の権力論の変遷とともに理解していきたい。


 フーコーは初期の著作で「知」が持つ「権力」作用についての分析を試みたが、「権力」そのものについては十分に論じていたわけではなく、およそ直感的にそのイメージを持っていた程度であろう。彼が正面から権力を論じるようになる契機はやはり「六十八年五月」の事件だった。それは彼にとって外部で起きた政治的な出来事に留まらず、まして歴史の連続性の中で現れたものではなく、まさに一回性の事件、それも思想史的事件として現れてきたと考えられるのだ。なぜなら、そこでの運動は何か外部にある大文字の政治といったような諸制度の変更を求めるだけではなく、まずもって自己と社会の関係性を問い直す性格を持っていたからである。その影響はフーコーとて例外ではなかったようだ。


 ところで「六十八年五月」の事件はフーコーにとっては最初「パリ五月革命」としての衝撃ではなかった。フーコーは68年の5月にパリではなくチュニジアのチュニスの大学で教えていたのである。フーコーが見たのはまずもってチュニジアという植民地の中で生きた力としてのマルクス主義の在り方であった。これは本国で思想としての力を失ったマルクス主義とは対照的であった。このことによってフーコーは思想が一つのエピステーメーの中で確保される位置よりも、誰がその思想を真理として捉えて行動するのかということがより重要であると気づいた。つまり、「思想を真理として信じる主体」の分析が必要だと考えたのである。


 この地点において、フーコーは「権力」という主題を前面化させることとなったといえるであろう。『フーコーコレクション4 権力・監禁』において解説を付している松浦寿輝も次のように述べている。


「不意打ちに次ぐ不意打ちからなるこのジグザグの軌跡において、最も大きな切断を一つ上げるとすればそれはやはり、『権力』の概念の突然の前景化ではないだろうか。以後、後期フーコーの仕事の総体はこの観念の徴のもとに置かれることになる。」[フーコー, 2006:440]


 この「権力」の前面化とともに、これまでのフーコーの著作も「権力」に関わる「系譜学※」として捉えられるようになるのである。


【※注:フーコーが採用してきたニーチェの方法論。「『すべての価値の価値転換』を自身の課題としてニーチェは、善悪に関する従来の道徳的価値判断の価値査定を企て、その予備作業として、従来の価値がいかなる条件や事情のもとに案出されたのかを問う。この問いの背後にあるのや道徳的善悪の永遠不変性の否定であり、また善はその起源から一貫して善であったわけではないという不連続的な歴史観である。」 [[編集]廣松渉/三島憲一ほか, 1998:422]】


 では、フーコーが考える「権力」とはどのようなものだろうか。一般的に権力というとすぐさま「国家権力」というイメージと結び付けられ、それによる「抑圧」作用が権力作用だとされる。しかし、フーコーはそのような否定的な権力の定義は行わない。インタビュー「真理と権力」の中で次のように語っている。


「権力は単に『否』を宣告する力として威力をふるっているわけではなく、ほんとうはものに入りこみ、ものを生み出し、快楽を誘発し、知を形成し、言説を生み出しているからなのです。権力を、抑圧機能しか持たない否定的な力だと考えるのではなく、社会体の全域にわたって張りめぐらされた生産網なのだ、と考える必要があります。」[フーコー, 2006:346]


 このようにフーコーにとっては「権力」は生産する力であり、「生産網」として捉えられる。その意味では権力とは様々な力が入り組んで働く力場として理解される。「一定の社会における錯綜した力関係の場」「入り乱れた力の場」[フーコー, 2006:419]といったものなのである。そしてその「場所」で抗争関係にあるのが「真理」なのだとフーコーは言う。


「思うに、重要なことは真理は権力の外にも、権力なしにも存在しない、ということです。(中略)真理はこの世のものなのです。真理は、この世の数々の制約があればこそ、生みだされたものなのです。真理は権力作用、それも調整ずみの権力作用の手中に収めています。どの社会も固有の真理体制を、すなわち真理についての固有の『一般政策』を持っています。」[フーコー, 2006:368]


 この文を見ると少しぎょっとするかもしれない。旧来「真理」とは虚偽と対立し、確実な根拠に基づいて正しいと認められた事柄で、その真理の探究は西洋哲学そのものといっても過言ではないほどであった。その「真理」という言葉が「真理体制」や「真理ついての固有の『一般政策』」という通常なら結び付き難い「体制」や「政策」と結び付けられているからである。フーコーは続けて言う。


「言うまでもなく私が真理という語で意味していることは、『発見すべき、あるいは人に認めさせるべき真なるものの総体』ということではなく、『われわれが真と偽を見分け、真なるものに特定の権力作用を付与する時に使う、もろもろの定規の総体』のことです。また、問題になっているのは真理のための闘いではなく、真理の地位と真理が持つ政治-経済的役割をめぐっての闘いであることも、言を待ちません。」[フーコー, 2006:370]


 つまり、フーコーにとって「真理」とは複数存在しているものであり、それがとある「権力」の場において権力作用も及ぼしあいながら闘争し、その結果認められたものが「真理」と「成る」のである。そうしてチュニジアでみたように、主体ごとの真理が存在するようになるのだ。西洋哲学が目指してきた「真理とは何『である』か」ではなく、「何が真理と『成る』か」というのが権力論において重要なのだとフーコーは論じる。それゆえにこのことは彼をして哲学とは「真理の政治学」であると言わしめたのであった。


 こうした「権力」論はコレージュ・ド・フランスの講義においてさらに深められた。「司祭的権力」というキリスト教に根付いた権力の形態の分析から近代国家権力の系譜学を探り、「生権力」と呼ばれる新しい形の国家権力の在り方を提示することでその「統治性」が明らかにされた。そうした議論を展開する中で、フーコーには常にその自分自身の理論がそれ自体実践であるようにふるまおうとした。実践とはすなわち、分析から見えてきた<現在>の解放の可能性を開くことであった。つまり、<現在>の解放の可能性を開くとは、権力に対する、言い換えれば権力の場における「抵抗の拠点」とは何かを示すことに他ならない。そしてそうした問題意識は晩年のフーコーの思索、『性(セクシュアリティ)の歴史』や「バレーシア」の概念に結び付くのである。最終的には主体が持ちうる「真理への意志」と「自己の身体と欲望」に基づいた「実存の美学」とでも言うべき抵抗=解放の在り方に帰着していく。「自己からの離脱」とフーコーが呼ぶところのもの、つまりは生のスタイルとしてのマイノリティ「である」ということからマイノリティに「なる」ことが考えられたのである。これは一方で彼自身の生の在り方、ゲイに「成る」ことにも繋がったのである。


 これまで見てきたように、フーコーのそれぞれの著作はそれぞれ主題ごとに内容は大きく異なるものであり、時期によって問題意識が違うことが分かる。しかし、彼の作品群と哲学者としてのフーコーを貫いているのは<現在>性と「権力」(明言されていたかに関わらず)に対する姿勢と方向性なのであった。


V. 政治的コミットメントと「知識人」としてのフーコーの功罪?

ではここまで見てきたフーコーその人自身の言説のパラダイムから改めてフーコーの「政治的コミットメント」と「功罪」について考察したい。リラが指摘するようにフーコーは「ニーチェのひそみに酔い痴れる私的な一人の思想家」であり、「自分ではいかなる現実的関心も寄せず、いかなる現実的責任も取らな」かったといえるだろうか。この批判はこれまでのフーコー自身の思想パラダイムに照らしたとき、的をえているとは言い難い。まずリラは「知識人」に、多くの民衆の抑圧状態や正常なあり方を代表した言説を展開し、「政治的、あるいは理論的な指導者」としての役割を期待しているではないだろうか(あるいは「知識人」自体を否定しているか)。それはフーコーが言うところの「『普遍的』知識人」である。「われわれ」という一語はそれをよく物語っているように思われる。しかし、すでに見たようにフーコーの「知識人」観ではもはや「われわれ」という代行関係はかつてほど重要な意味をなさなり、「『普遍的』知識人」は機能を果たさなくなった。


 また、フーコーにおいては、その一つ一つのテクストが政治的プロジェクト的色彩を帯びているため、その読者に政治的コミットメントを行わせざるを得ないような一つの要請を構成している。そのため、読者は<現在>の「権力における真理」の矛盾、恣意性、欺瞞性などを眼前にもたらされ、読者自身のうちに潜む<現在>に悩まされる。そこからの選択肢は、たとえいやいやながらであってもなんらかの形で「政治的コミットメント」に乗り出すか、あるいは<現在>を甘受し、テクストの方を「危険」というカテゴリー分類に落とし込むかということになる。リラが選んだのは意図したにせよ、しないにせよ後者であったように思われる。


 しかし、フーコー自身は自らの政治的プロジェクトの要請に踏み込んでいった。監獄解放を唱える毛沢東主義左派グループとの共闘、イタリアの議会外左派弾圧に抗する連帯署名、ゲイとしての公式告白など、多く挙げられる。こうしたフーコー自身の活動はある人々にとっては<現在>を破壊するものとして、「危険」にすら感じられたのであろう。なぜなら、彼のテクストが要請してくる政治的コミットメントを著者自身が行動としての実践に移そうとしているのであり、このことは見る人々にますます要請を迫っているように思われたからだ。この点でいえばフーコーは彼のテクストが発する要請に対して応答責任を引き受けていたように思う。ただ、それが代行関係を介した「正統な」ものでないため、人によっては「危険」と感じられたというわけであろう。


 しかしながら、そのような「危険」意識によって「知識人」フーコーの政治的コミットメントの「罪」となすのはあまりに<現在>のパラダイムに基づいた暴力的、恣意的な判断ではないだろうか。フーコー自身のテクストのパラダイムからすれば、彼の政治的コミットメントは「功」とも捉えられるからだ。したがって、次のように言うことができるだろう。「知識人」フーコーに関してそのテクストの政治的プロジェクトまで含めた、彼の政治的コミットメントは単純に「功罪」という視点を持ち込むことはできない。少なくとも彼のテクストのパラダイムの内側から彼のコミットメントを「罪」と判断するのは性急すぎる。あえてその言葉を使って判断すればそれは暴力的にならざるを得ない。もしそれでも「功罪」を判断したいと言うのであればそれは「われわれ」という認識からは不適当である。ただ「知識人」という言葉の意味を明らかにしながら、権力の場におかれた曖昧な自己なる存在との関係においてのみ、思考しうるのではないだろうか。


VI. おわりに
 本稿ではマーク・リラによる、「知識人」フーコーの政治的コミットメントとその著作の政治性の診断を批判的に捉え、そこから政治的コミットメントの「功罪」とは何かを論じた。その考察の中で「功罪」ということ自体を簡単に判断できるほど、「知識人」フーコーの思想と行動は単純なものではないことを明らかにした。残された課題としては「功罪」とはいかなる意味、文脈において語ることができるのかということである。フーコーの時代と比較して、ますます複雑になっていく社会や世界の中で「知識人」による政治的コミットメントの「功罪」をいかなる主体が語ることができるのか。そもそも「政治」とは何か。こうしたことが論じられていく中で、「知識人」論も更なる深化を遂げることを期待したい。


文献目録
・[編集]廣松渉/三島憲一ほか.『岩波・哲学思想事典』. 岩波書店. (1998).
・マーク・リラ著/佐藤貴史・高田宏史・中金聡訳.『シュラクサイの誘惑 現代思想に見る無謀な精神』. 日本経済評論社. (2005).
・ミシェル・フーコー著 小林康夫 石田英敬 松浦寿輝 編.『フーコー・コレクション4 権力・監禁』. 筑摩書房. (2006).
・中山元著. 『フーコー入門』. ちくま新書. (1996).

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シャンタル・ムフ『政治的なものについて 闘技的民主主義と多元主義的グローバル秩序』

今日はシャンタル・ムフ『政治的なものについて 闘技的民主主義と多元主義的グローバル秩序』について考察しようと思う。


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シャンタル・ムフ(Chantal Mouffe, 1943年-)は、ベルギー出身の政治学者。
ルーヴァン・カトリック大学、パリ大学、エセックス大学で学ぶ。コロンビア国立大学、ロンドン市立大学、ロンドン大学ウェストフィールド・カレッジの教授を歴任し、現在、ウェストミンスター大学民主主義研究所の所長を務める。
アントニオ・グラムシの思想に依拠して、民主主義の根源的な問い直しを通して、「政治的なるもの」の領域を探求。近年は、カール・シュミットの友敵関係を鍵概念に闘技的多元主義の構想を提起している。(Wikipediaより)


 上記の紹介にあるように、シャンタル・ムフはベルギー出身の政治学者で「ラディカルデモクラシー」論の旗手として知られる人物である。現代民主主義論を語る上では書かすことのできない重要人物の一人といってもよいだろう。そのため以前からずっと読もうと心に決めていたものの、ずっと読むタイミングを逃してきた。夏期休暇のこの機に読もうと思い、図書館で手に取ったのがこの本であった。本著作は2005年に出版されたものの邦訳である。


 さて、本著の内容からムフの「政治的なるもの」と「闘技的民主主義」の概念について考えていこう。まず前提として、これが書かれたのが2005年であるということを踏まえる必要がある。2005年という時期は、1990年前後に東西冷戦の世界秩序が終わった後、世界が21世紀という時代に突入し、9.11同時多発テロ事件という新たな世界秩序の象徴的ともいえる事件を経験し、さらに続くアメリカによるアフガン、イラク戦争を目の当たりにした直後の時期である。いわば新時代のパラダイムシフトの地殻変動が起きつつある時期であった。


 また、そうした新時代のパラダイムシフトはいかなる方向に向かうのか、ということを分析が始められたころでもある。本作で批判の対象としてあげられるが、ウルリッヒ・ベックの「リスク社会」論やアンソニー・ギデンズの「ポスト伝統社会」論、さらにはネグリ&ハートの「〈帝国〉」論などが、現実の世界秩序を認識するうえで流布したころである。冷戦崩壊後からは「資本主義&福祉国家万歳!」「歴史の終焉」といった「勝利した秩序」が叫ばれ、「ポストイデオロギー」的な世界秩序となったと宣言されていた。左右の対立など有効な軸ではなくなったとされた。ネグリ&ハートの「〈帝国〉」論は置いておくにしても、多くの論者、とりわけ「リベラル」と呼ばれるような人々が、世界秩序における、そうした「一者」の「勝利」から世界秩序を、さらには「民主主義」を論じるようになっていたのである。


 そうした前提に立った上では、「政治」の領域において、今や対立軸というものは機能しなくなったという言説が常態化する。いわば「ポスト政治的」時代精神が現れているということだ。それに対して、ムフの狙いは、まさにその「一者」が「勝利」する「リベラル」による「ポスト政治的」世界秩序を批判することにある。そしてそのオルタナティブな世界観として「闘技的民主主義と多元的グローバル秩序の構築」を試みることである。「右派と左派を超えて」という言説に対して対抗しなければならないというのが、ムフが一貫して持つ問題意識である。


 ムフが探求の出発点として考察するのが「政治的なるもの」についてである。「政治的なるもの」というのは、元来カール・シュミットが政治の領域とは何かということを問うた政治哲学の古典『政治的なるものの概念』に由来する概念である。一般的に「政治」は議会制民主主義や政党システムなどの経験的領野を扱い(「政治学」)、「政治的なるもの」は「政治」の事実ではなく政治理論の本質となる哲学的な領分を扱う(「政治哲学」)とされる。ムフは「ポスト政治」と呼ばれる時代状況の中で「政治」を再考するために、「政治的なもの」の概念を再考する必要があるというのだ。しかもそれはシュミットが言ったような「敵対性」の概念に即してということである。
 

 簡潔に言えば、シュミットは政治の領域、すなわち「政治的なるもの」とは、「友」と「敵」という対抗軸が存在する領域であるという。道徳の領域が「善/悪」、経済の領域が「益/損」といった基準を持つことができるように、政治の領域は「友/敵」という基準によって把握することができるということだ。「われわれ/彼ら」という言い方もできるかもしれない。もちろん、単純な二項対立ではないというのはシュミット自身も理解していただろうが、基本原理としては「友/敵」と考えるしかないというのがシュミットの政治の理解である。ただ、こうしたシュミットの考え方は、まさに「政治」の領域において、ナチズムに利用されてしまったという事実があり、シュミットに関しては否定的なイメージも付きまとっていた。


 ムフはこの「友/敵」原理が今でも、いや今だからこそ有効であると論じる。もちろん、シュミットの議論を鵜呑みにするわけではない。それゆえムフは「シュミットとともに、シュミットに抗して」という言い方をする。どういうことか。「シュミットとともに」というのは、「ポスト政治」と呼ばれる現在の状況に対して、再び「友/敵」概念をあてはめることで「政治」を捉えなおそうということである。その際ムフは「友/敵」概念を「闘技」という概念へと読み替える。ムフによれば「友/敵」という基準は自明のものではなく、常にその境界線が引き直されている。その抗争が「闘技」と呼ばれ、「闘技」による差異の形成こそが「政治」を形作るというのである。一般的にこの差異がある状態は「不和」が起こり、対立が引き起こされている状態で「政治」によって解消されるべきと考えられるかもしれない。しかし、ムフにとっては、むしろこの差異こそが肯定されるべきものであるのだ。対抗者という差異を正当なものとして承認しあう抗争状態こそが民主主義にとって重要なのである。


 一方で、「シュミットに抗して」というのはどういうことか。シュミットの「友/敵」概念は直接的に肯定されるべき考え方であった。つまり、「対抗者=敵」は潜在的に「抹殺」される対象という認識を含んでいたのである。この点はまさにナチズムのユダヤ人の「抹殺」と親和性を持っている。しかし、ムフは「抹殺」という点においてはシュミットとは異なる。次のように述べている。


「友/敵の区別を[シュミットとは]べつのやりかたで理解すること、すなわち民主主義的な多元主義とは齟齬をきたさないやり方で理解が可能なことを示すことである」(31)※ページ数


 つまり、集合的アイデンティティの問題として「友/敵」、すなわち「われわれ/彼ら」の区別は常に可能性として実在しており、それを「リベラルイデオロギーの勝利」によって見ないふりをするのは間違っているというのがムフの根底的な考えである。


 さて、ムフの考察の上で次に重要な概念が「ヘゲモニー(「覇権」とも言われることがある)」である。「ヘゲモニー」とはイタリア共産党の創始者のひとりで、パルチザンとしてファシズムと闘い、最後は獄中で亡くなったイタリアの哲学者アントニオ・グラムシがその獄中で書いた『獄中ノート』で示した概念である。この概念は、社会は根底的な規定が欠如しているが、その欠如を埋めるために実践の産物として社会秩序が立てられたということを表している。つまり、あらゆる秩序には決定不可能性の次元が通底しており、あらゆる条件のもとでの対立的な諸イデオロギーの抗争の結果、ある一つのイデオロギーが他の軸に対して優勢になることで「ヘゲモニー」が創りだされるのである。それは経済的な「上部構造」のみならず、経済、政治、倫理、文化の領域に渡って浸透しているというのがグラムシの「ヘゲモニー」である。


 ムフはこの「ヘゲモニー」の概念は、今日の集団的アイデンティティが問題である場合にも有効であるとし、「われわれ/彼ら」という、包含と排除の政治的構造を形作るうえで前提となると考える。それゆえに、常に抗争状態にある多元的な枠組みをよしとするムフにとって、「ヘゲモニー」の概念は民主主義政治のために不可欠な枠組みを構成するのだ。
 

 こうして、「友/敵」による「敵対性」と「ヘゲモニー」の考え方からムフは「闘技的民主主義」の在り方を演繹的に導くのである。では、実際のところ現代社会においてこの分析は妥当なのだろうか。一見すると「ポストイデオロギー」の方が私たちにとって見ると親和性があるようにも思える。しかし、「ポストイデオロギー」の名のもとにイデオロギーの座に居座っているのは「ネオ・リベラリズム」という「イデオロギー」なのではないか、というのがムフの現状認識である。そしてこの「ポストイデオロギー」を装った「イデオロギー」の一者支配に対抗することこそが多元的民主主義に要請されているというのである。


 一つの分析として、ムフは各国の「ネオ・リベラリズム」と親和的なナショナリズムの台頭を説明している。世界大戦においてファシズムを経験し、戦後、民主主義の名のもとに議会制民主主義を擁護してきたヨーロッパ諸国であるが、近年右翼ポピュリズムがそのうちの多くの国で進行しているという。オーストリアの自由党イェルク・ハルダーの例に始まり、ベルギーの極右民族主義政党のフラームス・ブロックの成功、あるいはフランスでの極右政党の代表ルペンによる大統領選などなど、「ポスト政治」的ヴィジョンでははなはだ説明がつかないような事態が起こっている。日本においても小泉ブームが同様に起こったことも記憶に新しい。こうしたポピュリスト政党、ポピュリスト政治家の着実な成功は、単なるファシズムの復活などではない。そうではなく、ムフによれば、旧来の右派左派による境界があいまいになり、それらの政党が本来行うはずであった闘技的な議論が欠落したために、投票者たちはそうした旧来の民主主義的な政治的アイデンティティのどれに対しても同一化する可能性が失われてしまった結果であるという。つまり、「ポスト政治」的な見方で言えば集団的アイデンティティは消滅し、個人主義が勝利したはずであるが、実際には集合性の次元は政治の領域から除去されるわけではないというのだ。「われわれ/彼ら」という「政治的な」図式は失われておらず、そうした図式をよく認識し、軸を創出したのが新しいポピュリストであったのである。よって、「ポスト政治」的な合意型モデルを称賛することの危険性がここにあり、それに対して「闘技的民主主義」が要請されているというのがムフの主張である。


 ところで、ここまでで見てきたように、ムフは政治の領域において「情動」の要素を重要視していることが分かる。ポピュリズム政党は、討議がなくなった政治空間において、集合的な政治的アイデンティティに同一化ができなくなった人々に、アイデンティティの基盤になる「情動」の要素を配分することに成功したのであった。ムフはこうした事実からも、「リベラルイデオロギー」を批判する。すなわち、「リベラルイデオロギー」においては人々が理性に基づいたコミュニケーションと合理的な判断をすることにより、「合意」に基づいた政治体制を構築できると信じられているが、実際には集合的アイデンティティを構成する「情動的な紐帯」を考慮に入れねばならず、「リベラルイデオロギー」はナショナリズム的な敵対性の噴出になす術が無いのである。合意を求めることで民主主義を成立させようとする「リベラルイデオロギー」の実践は、民主主義の核心的な前提を破壊してしまう恐れがあるということだ。


 一貫して行われる「リベラルイデオロギー」批判は、ポスト政治的な立場を取ろうとする理論家たちに向けても行われる。まず批判の対象となるのが社会学者のウルリッヒ・ベックとアンソニー・ギデンズである。ウルリッヒ・ベックはポスト産業社会を規定する「リスク社会」や「再帰的近代」、「第二の近代」といった概念で有名だが、彼によれば現代という時代は「両義性の時代」に移行しつつあり、集合的アイデンティティというのは「過去の遺物」のようになってしまったという。ベックからすれば、「両義性の時代」には、これまでのような政党や階級などのよる集団的で闘技的な「政治」ではなく、職業集団やNPO、NGOといった社会的な行為主体や個人の存在が「社会を下部から形作る」ような「サブ政治」というのが重要になるだろう。また、同じくポスト産業社会を「ポスト伝統社会」と見なすのがアンソニー・ギデンズである。ベックの言う「リスク」のように、ギデンズは「全般的危険(グローバル・ハザード)」の問題性をあげる。すなわち、グローバル化する世界の中で不確実性が高まり、私たちの生活の一部に制御不可能な事態が起こりうるということだ。これに伴って、旧来の「伝統」に対し正当な裏付けが自明ではなくなり、集団的な伝統と習俗が生活の中で果たす役割が縮減していく。そうしたポスト伝統的な環境においては、逆に個人による、ギデンズが呼ぶところの「生きることの政治(ライフ・ポリティクス)」がグローバリゼーションに影響を及ぼすようになるというのだ。


 こうしたベックやギデンズの「ポストイデオロギー」の個人主義的な議論に対し、ムフは異議を申し立てる。ベックやギデンズの提唱する「サブ政治」や「生きることの政治」といった方法は、「対抗者」の概念を政治から除去することを目的としているとムフは診断する。彼らのモデルはあらかじめ「闘技的」形態を排除してしまうがゆえに、「原理主義者」などの反動的闘争に対抗できない。あるいは異議申し立ての動きを捉えることができない。もちろん、ムフも彼らの議論を真っ向から否定しているわけではない。旧来のような学名政治を復活させようとしているわけでもない。しかし、「闘技的」な形態を民主主義政治から排除してしまうことは民主主義時代の破壊につながる恐れがあることを指摘しているのだ。それは政治のヘゲモニー的次元を無視するものなのである。


 また、ムフは「リベラルイデオロギー」を批判するとともに、コスモポリタン的民主主義秩序も批判している。「下からのグローバリゼーション」といった地球規模のコスモポリタンな政治が可能であるとするような立場もまた、合意型の統治形態を前提としており、結局は「政治的なもの」や闘技的な対立というヘゲモニーの次元を否定してしまっているというのだ。さらに、ムフはネグリ&ハートの「〈帝国〉」論に対しても批判を向けている。『〈帝国〉』といえば、21世紀の『共産党宣言』とも呼ばれ、旧来の外部を求める帝国主義秩序から、外部を持たない〈帝国〉的傾向を明らかにし、対抗的な「マルチチュード」の存在を描き出した著作である。その「〈帝国〉」や「マルチチュード」という概念にしても、コスモポリタンな立場の別バージョンにすぎず、これまで批判してきた論者たちと同じように「反政治的」ですらあると断言する。要するに、コスモポリタン的立場やネグリ&ハートの絶対的民主主義の立場は、世界の本性である多元性を見ず、また「普遍的」ということばかりに囚われ、「多遍的」であるという事実を見ようとしないということだ。


 ではムフ自身は世界をどのように捉えるのか。ムフは「普遍的」世界秩序ではなく、「多極的」「多元的」世界秩序を構想している。ムフが想定しているのは、世界のある種のブロック的秩序であるように思われる。ヨーロッパがEUとなったように、南アメリカのメルコスールや東南アジアのASEANを例に挙げ、広域ブロックのモデルを重要視して言うようだ。東アジアについてもすでに動きが始まっているとみている。もちろんそれに向かう障害を低くみているわけではないが、そうした障害は「経験的な性質程度のものでしかない」(171)という。こうしたヘゲモニーの「多元化」に新しいグローバル秩序の方途を見出している。こうしたムフの態度は、旧来のヨーロッパ中心主義に対する批判の克服を目指しているように感じられる。「ヨーロッパ」という極も、多極的世界の一部として、他の政治的実体との関係の中でのみ存在しうるということだ。
 

 ただし、ムフは多元主義を手放しで称賛しているわけではない。結論の中で多元主義の限界についても述べている。多元主義において、どのような性質の極をも認めてしまえば、多元主義という基盤そのものを破壊してしまうような極が現れてきてしまうかもしれない。ここでムフは多元主義的秩序においても「排除」は存在するという。しかしそれは道徳的な「悪」としての「排除」ではなく、あくまで政治的な観点から「排除」されるという。
 

 「いくつかの要求が排除されるのは、それらが「悪」と宣言されるからではなく、民主主義政治の連合体を構成する制度に挑戦するからなのである。」(179)


 それと関連して、ムフは多文化主義の次元でも注釈をつける。例えば、「人権」という「リベラルイデオロギー」が称賛する概念を考えてみよう。「人権」ほど「普遍的」とみられる概念はないが、もし「人権」が「普遍的」でないとすれば、「『人権』を認めない文化」による「『人権』侵害」と思われるような事態を正当化してもよいのか。これに対してムフは、あくまで「人権」は「普遍的なもの」ではなく、「多元的(多文化的)なもの」であるとする。しかしその上で直接的に政治的なものと、文化に限定された習俗および風習の承認は区別する必要があるという。これに対しては、まさにその境界線が問題となっているのだと反論が返ってくるであろうが、ムフはそれに対しては、リベラル民主主義の基本的枠組みを危険にさらすことなく文化的に充足可能な要求と、それを破壊してしまう要求は大まかな区別を設けることができるというのだ。その上で「人権」は「多文化的なもの」であり、様々な文化に応じて、様々に定式化されうるものだと見做している。


 このようにムフが求める「多元主義的グローバル秩序」というのは「友/敵」という「政治的なもの」の基準に基づき、「闘技的」な討議がなされ、多数の極がヘゲモニーをめぐって抗争しているような均衡状態のことを指しているのだろう。締めくくるにあたり、いくつかの感想と疑問点をあげておく。ムフの議論はグローバル世界が展開されていく中で「ポストイデオロギー」の風潮によってかき消されてしまうような「政治的なもの」の「闘技性」を改めて議論の俎上に載せたという意味において評価しうるものだと思う。「ポスト政治」から「政治」の次元を改めて開く可能性を示している。しかし一方で、未だ議論が素描の段階に留まっている部分も多い。ネグリ&ハートの「〈帝国〉」論まで含めた批判は行われているが、それに抗する「多元的グローバル秩序」に対してはあまり多くの記述がない。「広域ブロック」に関しての想定があるのだろうが、「東アジア共同体」なども含めて、障害は経験的なものだと言いきってしまうのは粗雑であるように思われる。また、根本的な疑問としては、ムフの語る「闘技的民主主義」において「異議申し立て」というのは肯定的に評価されるであろうが、しかしなぜ「異議申し立て」が「生成」するのかという、「民主主義の現象」に関する論証は述べられていない。マクロ(グローバル)レベルの多元的「共同体」の在り方とともに、ミクロの抗争的「共同体」も想定されるのだろうが、その「共同体」がどういった性質を持つものなのかはムフの議論から読み取ることはできない。「闘技」という状態がどうのようにあるべきかを単に「多元的であれ」というのに留まらず、もう一歩踏み込んだ議論が必要だろう。この当たりの議論はランシエールの民主主義論などと繋がってくるのではないかと思う。


 まだムフに関して一冊(しかも一回)読んだだけなので何とも言えないところが多い。今後も他の関連著作とともに読み進めていきたい。
 

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『100,000年後の安全』の感想とまとめ

最近はツイッターでつぶやくことが多かったため、ほとんどブログに手をつけていなかったのだが、ある程度まとまったつぶやきをすると、それをきちんと文章として整えた方がいいことに気づいてきた。そこでツイッターでつぶやい内容を基にこのブログでいろいろと文章化してみようと思う。

その第一弾として、今日見てきた映画について書きたいと思う。

見てきたのは『100,000年後の安全』という映画だ。この映画は核廃棄物の問題について扱ったドキュメンタリーである。

100000

 
公式サイト(予告編) ⇒ http://www.uplink.co.jp/100000/

核(放射性)廃棄物の問題は日本を含めて世界中の原子力発電利用国で問題になっていることだが、いまだにその廃棄物の処分場は世界のどこにも作られていない。唯一、フィンランドだけが最終処分場のサイト選定を最終決定し、その建設を開始した。その他の国では中間貯蔵といって、一時的に地上に保管しているだけである。地上で水槽の中に10年、100年と保管することもできるが、後に述べるように、地上では危険性が高く、最終的には最終処分場に運ばれなければならない。


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さて、フィンランドであるが、通称「オンカロ」と呼ばれるこの最終処分場はユーラヨキ自治州のオルキルオト島に建設することが決まり、2020年から操業を開始するという。「オンカロ」というのはフィンランド語で「隠し場所」という意味である。この施設は地下500メートルの深さまで穴を掘って作られる。最終的に完成した後はその地下奥深くに高レベル核廃棄物を貯蔵し、そしておよそ100年後に入口を完全に封鎖することになっている。そうして保管された廃棄物は10万年という恒久な時間をずっと地中で保管されることになるのである。この施設の構想と建設をめぐって製作されたのが本作である。


核廃棄物の問題は日本も例外ではない。すでに世界中に25万トンの高レベル核廃棄物が存在し、これらは今後原発をどうすべきかを抜きにしても、考えなければならない課題なのである。映画の中でもフィンランドの廃棄物管理協議員一人の神学部教授、C・R・ブロケンハイム氏はこう語る。


「これは国民全体の責任でもあります。原子力に賛成か反対かは関係ありません。現存する放射性廃棄物の問題は原子力とは別の問題として考えなければなりません。これが未来の世代に害を及ぼさないよう責任を持って取り扱うべきです。」


このことは中学校の教科書にも載っている。しかし、実際はどの程度、世間で問題の認識がされているかと言えば実際のところよく知らないと言うので終わっているのではないか。そして今回、この映画を観て、核廃棄物の問題が予想以上に複雑なことを実感した。核廃棄物の問題はただ地中に埋めればそれで終わり、という問題ではないのだ。


まずは処理場の設計上の問題である。核廃棄物の最終処分場が地下施設でなければならない理由は、その他の廃棄法と比べ、比較的安全だからである。例えば、ロケットで宇宙に飛ばしてしまえば処分できかもしれないが、ロケットが地上、あるいは空中で爆発するリスクは避けられない。また、海底処分は海底も地殻変動により安全ともいえない。地上施設は戦争や自然災害に見舞われるだろう。それゆえ、ベストではないが、ベターな選択肢として(あるいはワーストではないものとして)地層処分場が選択されるのである。しかし、地層処分場といっても確実に安全なわけではない。地震や火山の噴火などの自然災害のも耐えられるような耐久性を持たねばならない。しかも10万年というスパンでだ。この10万年という悠久の時の流れが問題となる。そもそも歴史上10万年の耐久性を持った建造物などない。それどころか1万年すら耐久した建造物は存在しない。日本最古の建築は木造建築だが、それでも1000年ちょっとだ。つまり、最終処理場は史上、最も頑丈でなければならない、ということなのだ。間違いなく、未来の「ギネス記録」にならねばならないのである。


さて、次に最終処理場がなんとか完成して、1万年の耐久性を持つことができたとしよう。処理場は完成後に完全に閉ざして、封印されることになる。次なる問題は封印した後に、そこに人が入らないようにするということである。せっかく埋めたものであっても、また掘り出されてしまったら何の意味もない。だから、人が中に絶対に入らないように管理し、しかも「危険」であることを伝え続けなければならない。後の世代でも確実にそれを理解する必要がある。最終処理場跡に核廃棄物が埋まっていることを後世の人が認識するには、危険性を伝える標識が必要になる。ただ、その標識がどう書かれるべきなのかが問題なのだ。


文字で書くとすると、文字が後の世代であっても必ず読めるようにしなければならない。そうなると、ある程度普遍的な言語で書く必要がある。しかし、10万年の幅では言語そのものの変容を考慮する必要がでてきてしまうのだ。現在主流の英語で書いたとしても、それが読めるかどうかも分からない。比較するならば、私たちが古代の碑石、例えば古代エジプトの文字ヒエログリフなどが現代の私たちにすぐさま読めるわけではないように、現在の私たちが書く文字が未来の人にとっては古代文明の文字になることも考えられるのである。もしも、文字が正確に読み取られなければ石碑の意味を知ろうとして、逆に「遺跡」となった最終処分場に立ち入ってしまうかもしれないのである。


では絵などの視覚的イメージで危険性を伝えるというのはどうだろうか。その案が、すでに提出されている。人間はえがティブナイメージに対して恐怖を抱く傾向があるので、それによって危険性を訴えるということだ。例えば、髑髏のマークや針の山などといったイメージがそれである。こうした表現ならば言語が通じなくとも、人類に普遍的に伝わるのではないかと考えられているようだ。


Photo_2


しかし、疑問が上がるだろう。果たしてそれで人間の好奇心までもを抑えられるのか?人間は危険であると言われれば言われるほど気になってしまうものではないだろうか。例えば、映画で出てくるものとして、ノルウェーで発見された中世の石碑、ルーン石碑がある。実はこの石碑には警告文が書かれていた。「不届きものが触れてはならぬ」と。しかし、現代の考古学者たちはそんな文字を無視して研究を続けました。それと同じように現代の標識も未来の人にとっては好奇心の対象にしかならず、本当の危険性を伝える標識にはならないと考えられるのである。


確かに人間の好奇心は恐ろしい。映画ではこんなジョークが登場する。現在のわれわれがピラミッドを発掘するかの如く、後の世代は核廃棄物の最終処理場を「遺跡」として発掘するかもしれない。何が埋められているを知りたがるだろう。あるものは「宝探し」をするかもしれない、というのだ。もしそうなれば、将来「放射性廃棄物」という有害なだけのゴミがが黄金以上の価値を持つかもしれない。


これまた恐ろしい想像だ。「古代の黄金(放射性廃棄物)」を求めて、過去の「遺跡(処分場)」に探検に出かける。現代では全く合理的な施設として作ったものが、状況を理解できない者たちにとっては宗教的なものとして理解され、神話化されるかもしれない。「この地下の大空洞は神殿に繋がっているかもしれない」と。そして最下層の「神殿(保管所)」にたどり着き、真の「宝物(核廃棄物)」に出会った時、「神(放射能)」呪われて「死(急性放射線症)」に至る。生きて帰ってこない探検家たち。次々と後から続くグループも同じ目に会い、地上では「神の力(放射能)」を持った空間として、さらに神秘化されていく。これをSFと呼ばずして、なんと呼ぶだろう。


これに対しては反論があるかもしれない。未来の世代は現在のわれわれよりも文明と科学技術を発達させていて、そんなことは起こりえないと。「未来の人類は放射能探知機(ガイガーカウンター)を持っているはずだ。」こう語るのはオンカロ社副社長のT・アイカス氏である。しかし、未来の人類が今と同じような科学技術を持ち続ける保証はない。科学技術というものに価値を持たなくなっているかもしれない。技術がなければ採掘もできないという反論もありうる。しかし、科学技術が十分に発達していなかったとしても、採掘技術だけを持ち合わせている可能性もある。事実、16世紀のスウェーデンの鉱業ではすでに数100メートルも掘る技術を持っていたという。


また別の問題も挙げられる。。現代の世代が定めた核廃棄物に関する情報は少なくとも当分の間は厳重に保管されなければならない。なぜなら、核の技術を持たなくなった人類の世代が来た場合、最終処分場の危険性を伝える文書は必要だからである。そうなると今度は地上の古文書館(アーカイブ)を作ることになるだろう。しかし、その場合、処分場そのものを地下に作ったのと同じ理由でリスクが挙げられる。すなわち、地上での古文書館こそ耐久年数が低く、しかも戦争や災害に巻き込まれる恐れがある。


こうしたリスクが挙げられるも、建設者たちによれば後世の人間が最終処理場後に侵入する可能性は極めて低いという。500メートルも地下にあるうえ、何の変哲もない岩盤なのだから。10万年それを保障できるのか?「だからオンカロを建設しているのだ。」と映画のナレーションは語る。このことが示すように「オンカロ」は後の世代がほとんど手を加えずとも、自動的に貯蔵され続けるシステムである必要があるということだ。その意味では後世の人間が侵入するということは基本的に無いと考えているのである。


一方、これまで見てきたような文字や絵による標識や古文書館の設置という、形を残すものに反対の立場を取るものもいる。処理場のことを忘れてしまった方がよいという理由から後世に対する標識や文書館はあえてない方がいいという論者がいるのだ。その場合は逆に人々の完全な記憶の忘却が必要である。「オンカロ」というものがあったということを徹底的に忘れ、誰もそのことを知りもしない。そういった状況を作り出した方が侵入される可能性は少ないということである。オンカロの管理部長であるT・セッバラ氏は「個人的には、処分場が忘れ去られても大きな問題はないと思います。」といっている。


しかし、どうやってそのような忘却を行うことができるのだろうか。「オンカロ」のような施設の存在を消すのは容易ではないはずだ。私たちの末代の子供たちがずっと忘れ去っていなければならないということだ。「忘れ去ることを永久に忘れるなと。忘れることを忘れるな。」(ナレーション)ということだけなのである。


こうしてみてくると最終処分場の問題がいかに複雑であるか理解ができる。可能な限りの想像力を働かせて、あらゆる可能性を考え、対処しなければならないのだ。フィンランドにおいてそれを考えることは国家の責任のもとで行われることになっている。しかし、どんなに考えて対処しても対処しきれない不確実性は残ってしまう。ブロケンハイム氏は教授らしく次のような言葉で語る。「“不確実性のもとでの意思決定”という表現があります。まさに放射性廃棄物の処分は不確実性での下の意志決定です。」


つまりは最終的には論理では突破できないこの壁にぶつかる。そのときには建設者、学者、政治家たちはみな笑うしかなかった。笑いながら「絶対に入らないで」「近づかなければ安全です。」と未来に向けたメッセージをカメラ越しに話す。そして最後にこう言うのだ。「幸運を。」これが彼ら、そして私たちが未来に投げる言葉だ。無責任かもしれないが、もう戻れないのだ。放射性廃棄物の問題は不可逆的なのであり、現代に不可能性を突き付ける。この不可能性によって、未来の人々を殺傷しうる可能性を現代世界は手に入れたのである。私たちの倫理はこの事実といかにして闘っていくのであろうか。これが原子力時代の課題である。


「オンカロ」の地中奥深くにたどり着いた人間に対し、映画でのナレーションは最後にこう語る。

Photo


「さらに奥へと来てしまったね。ここは来るべきところじゃないのに。放射能が充満している。気づかないだろうが君はすでに被ばくした。五感は頼りにならない。何も感じず、何もにおわない。透明な光が君を突き刺す。それは宇宙の力を集めて作られた我々の文明が放つ最後の光だ。」


このSFめいた不気味な物語はまさに現実の話なのである。


※映画からの引用は映画のパンフレットによった。

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「愛〈国〉心」ってなんだ?②(過去の授業レポートより)

第二弾。「愛〈国〉心」(教育)について考えた、かつての授業レポート。それにしても大げさすぎる表題だ・・

うーん、論理的にはまあまあだけど、結論がまだ今一つって感じだな・・今の自分の潜在性が示されていて、考える参考ぐらいにはなるか。1年前は今よりもずっと文章が拙いが、ご了承を。それとブログ掲載の関係で、注は省いています。


国際教育論 
期末レポート
「国際・グローバル教育における多文化共生と愛国心」
-グローバルな愛国心とは何か?-

1.問題意識

 「国際化」「グローバル化」という言葉が頻繁に聞かれるようになって久しい。今ではあらゆる分野においてこのキーワードはなくてはならないものとなった。政治や経済の分野では20世紀の大戦を経験したのち、冷戦秩序が続き、その終焉は国際政治のグローバル秩序に向かうパラダイムシフトと言われ、同時に経済市場もまさしくグローバルな勢いで広がった。教育の分野でもまた、グローバル教育の新しいパラダイムと言われるようになった 。近代の公教育は国民形成の場として国民国家が主導してきたが、このパラダイムシフトによって、短期的な国家利益を超えて、地球的な視野で長期的な利益を追求する地球市民の概念が生み出され、一般化されている。

 ただ、国民国家の存在が相対化し、地球市民概念が登場したことによって近代までの国民国家の役割が消滅した、というわけではない。まして、世界政府のような国民国家の上位権力が存在するに至ってはいない。依然として国際政治の主体は国民国家であるし、その国家において学校教育などの基本的な教育を担うのも国家の役割である。むしろ、国家は「グローバル化の中のネーション」として意識されているであろう。現代は世界的なものと地域的なものの緊張状態の渦中にあるのだろう。

 では、この緊張状態の中で「愛国心」の概念はどうとらえられるのか。愛国心は1789年のフランス革命に端を発する近代の国民国家における重要概念である。近代公教育の国民教育は愛国心教育と言っても過言ではないだろう。しかも、それは過去の遺留品ではない。現代日本においても教育基本法(2006年改正)の中で「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」という文言で表記されている。ただ、ここからもみてもわかるように、現代の「愛国心」は「国際社会」の文脈で使われている。「愛国心」もまた「国際化」「グローバル化」の中で変質が求められているように思われる。そこで本レポートでは日本における「愛国心」を「国際・グローバル教育」の中で調和する「グローバルな愛国心」として再定義し、そこから教育改革の視点を探ることにしたい。
 

2.国際・グローバル教育の視点

 日本の学校教育における「愛国心」は上記のように、「伝統文化を尊重」することを前提としたうえで、「国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し」て、「国際社会」に対する「態度を養う」と規定している。自国の伝統文化から国際理解につなげる考えである。

 では、国際・グローバル教育において文化はどのように捉えられているのか。1994年のユネスコ第44回国際教育会議での「平和・人権・民主主義のための教育・宣言」 おいては第2節4項において文化に対して国際教育がどうかかわるかということを次のように規定している。

「ほかの文化に心が開かれており、自由の価値を理解し、人間の尊厳と違いを尊重することができ、非暴力的な方法によって紛争を防ぎ、あるいはそれを解決することのできる、思いやりと責任感のある市民を育成することを目指して、カリキュラムや教科書の内容、さらには新しい技術を含む教材の改善に、特別の注意を払って取り組むこと。」

 また、ある国際コンセンサスパネルが作成した著書『民主主義と多文化教育 グローバル化時代における市民性教育のための原則と概念』において、彼らは「グローバル時代における市民性教育」の原則 を次のように定めている。

原則
第一部 多様性、統一、地球的規模の相互依存及び人権
一 生徒は地域社会、国内、および世界における多様性と統一の間の複雑な関係について学ぶ必要がある。
二 生徒は、どのようにして自分たちのコミュニティ、国、地域、の人々が世界の人々との間でますます相互依存関係を強め、また地球全体で起こっている経済的、政治的、文化的、環境的、技術的な変化とつながっているのかについて学ぶ必要がある。
三 多文化な国民国家における市民性教育のコースやプログラムを、人権教育で補強する必要がある。
(第2部省略、下線は筆者によるもの)

 このように、国際・グローバル教育の領域において文化は「開かれて」いて、「多様性」を持つものとされる。そして、「国民国家」は「多文化」であることが原則とされているのである。


3.多文化社会と「愛国心」

 国際・グローバル教育においては「多様文化」な社会、国家を求めるとともに、そこに存在する「多様性と統一の複雑な関係」という問題も提起している(下線部)。これは、すなわち「グローバル」と「ナショナル」の問題といっていいのではないか。

 では今度は「ナショナル」な日本の視点から「グローバル」への方向性を見てみたい。日本では1987年の臨時教育審議会の答申の中で「世界の中の日本人」という表現を使われた。それはどのようなものかというと、続けて「全人類的な視野に立ってさまざまな分野で貢献するとともに、国際社会において信頼される日本人」と述べられている。またその一方、1980年の臨教審答申からもわかるとおり、「国際化」の前提として「日本人としての自覚」が必要であるとしている 。そして上記のとおり、さらにその前提には「日本の伝統的文化」があるとされる。整理してみると、「国際・グローバル教育」←「国際化」←「世界の中の日本人」←「愛国心」←「日本人としての自覚」←「日本の伝統文化」という構図が浮かび上がる。すなわち、「国際・グローバル教育」の根底には「日本の伝統文化」が必要であるという認識である。

しかしながら、国際・グローバル教育で求められる「多様性と統一」の観点から、この考え方は妥当であろうか。教育学者の中村清氏の考え を参考にしながら、この構図を検討してみたい。彼は「人類愛」という概念引き合いに出し、「愛国心」を検証している。まず、「愛国心」を「ナショナル」な性格のものだとすれば、対照的に「人類愛」という概念は「グローバル」なものとして考えられるとしている。先の構図にのっとれば「愛国心」の前提には「日本の伝統的文化」があるとされる。もしこれと同様に「人類愛」をみるならば、その根底には「世界文化」といったものがなければならない。

 次に、グローバル教育の元では「多文化社会」が目標とされているということを考慮した場合、この「世界文化」は「多文化」、すなわち「多様性に富んだ文化」であるということができる。言い換えれば、異質性をふくんだ多様な文化が「世界文化」であるということである。つまり、「人類愛」は異質性含んだ文化的多様化によって成立していることになる。

 では、「日本の伝統的文化」も「世界文化」と同様に「多様性に富んだ文化」ということができるであろうか。日本の「愛国心」の根底は異質性を持った多様性が含まれているだろうか。これを考える場合、日本において何を「伝統」とするかが問題となる。日本教育研修事業委員会編著の『愛国心と教育』の中では「この天皇制の中に、日本の伝統の精神がもっとも顕著見られるのであり、天皇制こそがわが国の伝統の中心である。伝統芸能や伝統工作だけしか考えないような近視眼的な把握であっては、日本史を正しく理解することはできない。」と述べられている。また、中央教育審議会の「期待される人間像」の項目に「日本の歴史を振り返るならば、天皇は日本国および日本国民の統合の象徴として、揺るがぬものを持っていいたことが知られる。」とある 。これらの主張をまとめると、日本は明治以来(考え方によっては古代以来)、天皇を頂きとした統一によって、国家として成立してきたといえるのではないか。そして、その天皇制を伝統として裏付けられた文化こそが「伝統文化」と呼ばれるものなのではないか。そうであるならば、日本の「伝統文化」は本質的に均質性をもった文化的同一化によって成立しているといってよいだろう。

 つまり、日本の公教育における「愛国心」とグローバル教育における「人類愛」は相反するものであるといえる。したがって、現状では、日本の視点において「グローバル」と「ナショナル」の教育の価値的方向性が一致していないなかで、「国際教育・グローバル教育」を推進しようとしていると考えられる。


4.「愛国心」の再定義―「グローバルな愛国心」とは―

 では国際化・グローバルな教育の文脈で「愛国心」を定義するためには、どのような根拠に基づけばよいだろうか。その前提として「自国の文化の多様性を自覚すること」が考えられるであろう。しかしこれを認識するためには、さらに国民国家自体を再認識する必要があるであろう。なぜなら、国民国家が「伝統的文化」という統一性を選択した主体だからである。

 中村氏はそこでマーサ・C・ヌスバウムの「コスモポリタニズム」の視点から、国家の理想追求は「文化的に多様な人々を一つの理想に団結させるのであればその理想は特定の人間集団にだけ通用するものではなく、人類全体に通用するものでなければならない。」 と述べている。国家は普遍的に妥当する同質的文化の追求によって統合されるのではなく、人類にとって普遍的に妥当する理想の追求によって統合されるものであるという。その文脈では、文化を選択するのはあくまで国民であり、国家の役割はむしろ、「国家以外の諸社会集団による人権侵害を阻止し」、国民が多様な文化を選択できるような状況を保障することである。

 では、一方の文化を選択する主体である国民は国家にいかに関わるのがよいのか。それは国家が理想を決定する際に、「合法的な仕方でその決定過程に参加し、また合法的な決定には従」うということであるという。これに従えば、文化はこの条件を満たす限り、それぞれ多様に展開することができるということである。言い換えると、この条件を満たす程度には各国家の文化の多様性は制限されるということでもある。

 以上より、国際化・グローバルな教育の文脈で「愛国心」を再定義するとすれば、「人類愛と同質の地平に存在する、排他的ではなく多様性を認め、合法的な性質を持ち、国家の理想を決定の過程において積極的に関与すること」といったものになるであろう。この意味においては、国家に対して忠誠を誓い、熱烈な支持を煽ることだけではなく、問題を顕在化させ、徹底的に批判することも「愛国」者はといえる 。「愛国心」はこの状態になって初めて、「多文化社会」とクロスし、国際・グローバル教育に調和する「グローバルな愛国心」といえるのである。今後日本の国際・グローバル教育の改革はこのような「愛国心」の姿勢を認識した上で、取り組む必要があると考えられる。

【参考文献】
・ 監修広田照幸/編集大内裕和 『日本の教育と社会⑤ 愛国心と教育』2007 日本図書センター
・ ジェームズ・A・バンクス他著 平沢安政訳 『民主主義と多文化教育 グローバル化時代における市民性教育のための原則と概念』 2006 明石書店
・ 藤田昌士著『学校教育と愛国心 戦前・前後の「愛国心」教育の軌跡』2008 学習の友の社

【参照Webサイト】
・ 文部科学省HP 教育基本法
http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/06121913/06121913/001.pdf

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「愛〈国〉心」ってなんだ?①(かつての授業レポートより)

今日のテーマが「愛〈国〉心」なのでかつてレポートで書いた関連するレポートをアップしてみたいと思う。それにしても2年前だから、文章が拙い・・特に結語・・過去の自分に文句を言いたい・・ただ現在に至る思考へ潜在性は見てとれそうだ。

道徳教育論D 課題:愛国心教育について、あなたはどのように考えますか?自由に論じてください。

1.はじめに
 2006年12月、教育基本法が安倍政権下のもと、改正され、新教育基本法が制定された。この制定過程において、政治家、教師、世論の間で大きく議論が起こったのが「愛国心」に関する規定である。戦後制定された旧教育基本法には「愛国心教育」に関する際だった規定はなかった。教育基本法の改正の議論は戦後まもなく、憲法改正の議論とともに、保守的な政治家を中心に展開され、中でも特に「愛国心」を教育に盛り込むことはその持続的要求であった。しかし、戦後60年近くにわたり、教職員組合や世論の反発もあり、改正されることはなかった。2000年代に入り改正の動きが高まり、2002年には中央教育審議会が教育基本法の見直しの方向性を示した中間報告が文科大臣に提出され、2003年には審議会で議論が進み、3月の最終答申で素案が明らかになった。そして、大きな反発があったにも関わらず、安倍政権下で強権的とも思える数の論理で改正に踏み切ったのである。

 新法における「愛国心」に関する規定は〈教育の目標〉の第5条に書かれている。

五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/06121913/06121913/001.pdf)

 「我が国の国と郷土を愛するとともに」と表現されている。
 ここで疑問なのは、なぜ今「愛国心」なのかということである。本レポートでは現在の「愛国心」の流れの原因を考察したうえで、「愛国心」とは何かに立ち返り、そして愛国心教育とはどのようなものかを再考する。


2.なぜ今「愛国心」なのか?
 なぜ今になって「愛国心」が声高に叫ばれ、教育基本法にまで記述されるにいたったのか。その理由を探るために、何人かの「愛国心」の分析を参照することにする。

 社会学者の大内裕和氏は教育基本法「改正」の中は新自由主義(ネオ・リベラリズム)と国家主義(ナショナリズム)によって貫かれているという。新自由主義の側面においては社会の二極化、すなわちエリートとノンエリートがあり、それぞれについて「公共」への参画の仕方があり、「愛国心教育」が浮上してきた理由はその二極の役割を「日本人」というカテゴリーにはめ、「国民としての一体性」を支える虚構のイデオロギーの役割が必要となってきたからであると述べている。また、同時に国家主義的な側面として「戦争のできる国家づくり」があると指摘している。彼は論文の中で「教育基本法「改正」における「郷土や国を愛する心」や「日本人のアイデンティティ」と行った「愛国心」の導入は、1990年代に進められてきた軍事大国化の仕上げとして「戦争のできる国民」づくりを行うためのイデオロギーとしても要請されている。」と述べている。

 精神科医であり、評論活動も行っている香山リカは自著『〈私〉の愛国心』の中で精神分析的な立場から、現在の愛国心の高まりを次のように分析している。「(前略)このように、個人のレベルにおける一貫性や脈絡の喪失、つまり「人格の断片化」と、社会全体における時間の連続性や歴史と、「今、ここで」の事実とのパワーバランスの著しい偏りがとが、同時に起きている。しかもその根底には、個々人の人間の大きな「不安」「不全感」があるため、断片化する人格や、突出する「今」をつなぎとめることは不可能になっている。」この様な状態を彼女は「解離」という精神医学の用語にあてはめて説明している。そしてその「解離」状態を克服する手段として「愛国心」というナショナリスティックなものが台頭しているとしている。

 また、一種の社会的不安に原因を求めることは教育の現場からも報告されている。斎藤孝雄と永野恒雄が著し
た「なぜ今、『愛国心』なのか」もそのひとつである。斎藤は「新しい歴史教科書を作る会」の運動に比較的若者が賛同している認識を示し、その背景に社会不安の増大、中でも若者雇用の不安定化があると述べている。その上で、現在のナショナリズムの特徴を自らの不安的さや理不尽な扱いを受けることが自分より立場の弱い人々への攻撃や差別に繋がるという点であるとしている。

 これらの指摘から、現在の「愛国心」の高揚は時代的な社会の変容にぶち当たっている我々-政策を作る大人から学校に通う子供たちにいたるまで-がその克服手段、というよりも逃避手段として自己を同一化するために機能しているのではないか。単に政府が国家の統一を図るために復古的になっただけではなく、社会の方もそれを求めてしまったというべきであろう。現在の「愛国心」は郷土愛といったような、いわゆるパトリオティズムなものではなく、一種の統一的な復古的(ネオ)ナショナリズムのものであるとみてよいだろう。


3.真の「愛国心」とは何か
 しかし、ここでさらに考察の余地がある。すなわち、現在声高に「愛国心」が叫ばれているが、前章で記したようにそれは復古的ナショナリズムの性格を持つものである。そのような「愛国心」は本当の愛国心と呼べるのだろうか。ここでは現代における「愛国心」の意義を見直し、その再定義を考える。

 (復古的)ナショナリズムは内側での結束力を高めると同時に、外側に対して敵対的、排他的になるのが一般的傾向である。これに基づく愛国心は枠組みを国家として内と外を分けてしまう。均質性と異質性の二項対立である。愛する対象は国家であり、その国家以外は愛さないという考えである。そのような状況の中で国家内にはびこるのは「滅私奉公」という事大主義となる。内部にもさらに均質性と異質性を生みだすのだ。

 しかしながら、国家を「愛する」ということは果たして均質性を前提としなければならないのか。むしろその逆ではないのかと考える。教育社会学者の広田照幸が『敵は味方である』という興味深い論文を書いている。広田は「国家を批判するものが国益にとってマイナスなのかどうか考えてみる必要がある」と問うている。「国家を批判する者(広田によれば、「反-国家」と「反-the国家」がある)は、「愛国」と対極にありながら、実は「憂国」として、「愛国」と同一平面上に位置している」としている。広田はさらに斎藤純一の論文を持ちだして「愛国心」を「自らの属する政治空間に対する積極的な関心/関与」と「再定義する方がよりよいかもしれない。」と述べている。そしてそのような意味での「愛国心」を普通の意味とは区別して《愛国心》と表記し、たとえ対立的な意見を持つ人であっても、この《愛国心》を共有しているならば、「「敵」は「味方」なのである。」と言う。そして、教育の現場において無批判の教員が増えれば、「教育現場は事大主義や私生活主義が蔓延し、硬直した一元的な道徳的価値観がタテマエ的に支配することになる。」と懸念し、国家による愛国的制度の押し付けを批判している。

 つまり、真の「愛国心」(広田の言うところの《愛国心》)とは、国家、特に政府の決定した法律に従順としたがって均質的に行動するのではなく、ある種の異質性をはらみながら、多様性に富み、多元的に重ねられた考えのもとで「自己革新力」を持って行動する、そのような心情、および実践のことではないか。均質的な平面ではなく、モザイク模様の画像のようなものである。ここでの「愛国心」は、もはや対象は「国家」だけにとどまらない。私は《愛国心》ではなく、これを「愛〈共〉心」と呼ぶべきでないか、と考える。ここでの〈共〉は共同体、公共、共同、共生といったあらゆる「共」の観念を内包するものである。

4.結語
 最後に、真の「愛国心」すなわち「愛〈共〉心」に基づいた「愛国心教育」とはどのようなものか、を考える。これに基づくものとすれば現在の均一的愛国心教育から、多彩的愛〈共〉心教育へと移行する必要がある。それがいったいどのようなものかと言えば、難しいことではなく(実践は難しいが)、現在制定されている日本国憲法の理念に基づいた教育といったことになるであろう。「民主主義」「平和主義」「基本的人権」これに基づき知識注入型の教育でなく、実践的で創造的な教育を行うことがそれに当たる。お互いに、批判しあい、言論を活性化させる、それが批判的な目を持つ《愛国者》=愛〈共〉者を生みだす。真の「愛国心教育」とは日本国憲法に基づいた実践的民主主義教育であろう。

【参考文献】
監修広田照幸/編大内裕和 
『リーディングス 日本の教育と社会 第5巻 愛国心と教育』2007 日本図書センター
 大内裕和2003 『現代思想』第31巻第4号 青土社
 広田照幸2005 『《愛国心》のゆくえ-教育基本法という問題』第5章 世織書房
 高橋哲哉2004 『教育と国家』第2章 講談社
 「教育改革」研究会編2005 『教育格差と階層化 自己教育化する身体を取り戻そう-斎藤孝雄対談集』(SERIES「教育改革」を超えて5)第2部より 批評社 

香山リカ著『〈私〉の愛国心』2004年 筑摩書房
坂口茂著『近代日本の愛国思想教育(続巻)』2003年 星雲社
安倍晋三著『美しい国へ』2006年 文春新書

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「怒りの日」に向けて

普段はこんな書き方はしないんだが。今日はなんだかな・・思考以外のことも書きとめるようにしていきたいと思う。


まず、これを見て、どう思うだろうか・・


これまで数えきれないくらいデモに行ったが、

このデモには、

自分(たち)の尊厳がかかっているような気がしている。

自分(たち)はこんな目にあってもなお、

ひとつも怒らないような、

そんな人間ではありたくない。

自分(たち)は、こんな目にあってもなお、

原発をとめようとしないような、

そんな人間ではありたくない。

もし、いつか、どこで、

被災地のこどもたちから、

「あのとき、あなたは、どこで、なにをしてましたか?」

とそう問われたとき、

ちゃんと返事のできる人間でありたい。

こどもたちのまえで、

はずかしくない返事をできる人間でありたい。

それが尊厳だ。

それは日本人としての尊厳ではなく、

一人の人間としての尊厳だ。

その尊厳をまもるために、

デモにゆく。
何度でもゆく。


イルコモンズ(現代美術家/文化人類学者)


震災後、あなたの気持ちはどうだろうか?打ちのめされ、絶望し、無力さを感じ、吐き出しきれない思いがあるのではないか。そして、結果として何かの「あきらめ」やそっぽを向くことを選択してはいないだろうか?

あるいは募金をしたり、コンセントを抜いたりして自分の同一性を保とうとはしていないか?


今なお、震災と人災が続く・・

「FUKUSHIMA」は「HIROSHIMA」「NAGASAKI」と並んだ。史上空前の原発事故、その行き先は・・

震災の波は止められないかもしれない・・

でも、少なくとも人災の波は止めたい・・


理論?

そんなものは自分で勉強してくれ。俺だってしてる。

フリーライダー?

今別のバイクを選んで走りだせばいいじゃないか。ただし、後でじゃそのバイクはもう選べなくなってるかもしれないが。

経済が・・

あなたはどんな世界を選びたいのか?

少なくとも何か吐き出すものがあるなら、これまでの言葉に何か共感するものがあるなら、10日(日)は高円寺に集合してくれ。「祭り」で吐き出すんだ。(ああ、もちろん選挙に行ってからにしてほしいが・・)

http://www.magazine9.jp/matsumoto/110406/

No_nukes1

14:00~ 原発やめろ大集会
 (高円寺中央公園/駅南口徒歩1分)

15:00~ 超巨大デモ行進!
 (コース:中央公園→JR高円寺駅→新高円寺駅→東高円寺駅→JR高円寺駅北口解散!)

↓デモはこんな感じです

【DANCE BLOCK】
★DJ
AXEMAN (SMALL AXE)
YAHMAN(Tribal Connection/CHAMPION BASS)
...and more
★MC
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高円寺の商店会連合会を通して、姉妹都市である南相馬市へ。この南相馬市は福島第一原発から2~30km圏内の自宅退避地区で、震災と放射能の二重の被害を受けている地域!
バンド関係者らの支援体制ができており、東京からも直接物資を運んだりしています。ここへカンパ!
http://sendai-birdland.com/

概要はこんな感じだ。

最後にもう一度。


「あのとき、あなたは、どこで、なにをしてましたか?」


遠くの未来、私がこの言葉に責任を持てるよう、私は今動きたい。

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「政治的なるもの」の拡大 「主権なき国家」と「国家に抗する社会」

前回はベンヤミンの歴史哲学テーゼについて途中まで書いてきたが、いったんそれをストップして最近読んだものからとりわけ惹かれたものを紹介し、考えてゆきたいと思う。ベンヤミンはいずれまた再掲する予定だ。

 さて、本日紹介したいのはデイビット・グレーバー著/高祖岩三郎訳・構成の『資本主義後の世界のために 新しいアナーキズムの視座』(以文社2009)である。


資本主義後の世界のために (新しいアナーキズムの視座)


著者:デヴィッド グレーバー




資本主義後の世界のために (新しいアナーキズムの視座)


 デイビット・グレーバーは1961年ニューヨークの生まれで、現在ロンドン大学ゴールドスミス校准教授を務めている文化人類学者である。また、グローバルジャスティス運動など世界の様々な運動に関与している活動家でもある。本著のタイトルからもうかがい知ることができるが、彼は自称アナーキストである(ただし、アナーキストというのを画一的なカテゴリーとして捉えるべきではない)。訳者の高祖岩三郎はニューヨーク在住の翻訳家であり、批評家である。VOLのコレクティブのメンバーでもある。デイビット・グレーバーのほかの著作『アナーキスト人類学のための断章』も訳している。


 本著は主として高祖によるグレーバーへのインタビューという形式をとって展開される。インタビューのほかにはグレーバーの小論「負債の戦略」と、グレーバーと矢部史郎の対談が載せられている。ここでは本著の中で重要と思われた題材を取り上げて考察していこう。


 今日はまず、最初の題材として「国家」について取り上げてみたい(次回以降も本著に関連した題材を取り上げてゆく)。なぜこれに注目したのかと言えば、ちょうどこの本を読む直前に(おととい、正確には昨日のことであるが)、みなさんもよくご存じであろう格闘技的テレビ番組「朝まで生テレビ」が放映されており、その中で「国家」をめぐって議論が紛糾していた。(というよりも、それをめぐって議論が成り立たなくなっていた。)それを見ながら、国家とは何だろうかということを考えていたこともあり、本を読んでいて「国家」の記述に目がいった。それに先ほども述べたがグレーバーは「アナーキスト」なのである。アナーキストを語るときに「国家」を抜きにして考えることはできないだろう。したがって、以下では「国家」について考えたことを述べることにしたい。


 では「アナーキスト」であるクレーバーが見た「国家」とは何であろうか。彼は次のように言う。

「我々が国家と呼ぶものは、実際にそれらが存在していないところに存在していると想像するものです。それらはある意味でユートピア的妄想なのです。だから国家は二つの要素の合体でできていると言えます。ユートピア的妄想と急襲的略奪機構です。それらの間には原理的に何の関係もないのですが、実際には合体する傾向にあります。」

まずはこの部分を検討しよう。第一の要素としてあげられるように、国家は「ユートピア的妄想」であるというのは、ある意味で当然のことといえる。アンダーソンが言うように「想像の共同体」たる「国家」は人々の観念の中にしかない。しかし、これは「国家」が単なる妄想にすぎず、妄想をやめれば国家がなくなるということではない。グレーバーも「幻想としての現実」と言い、「幻想」ではあるが、「現実」でもあると言っている。実際、その「国家」が戦争を起こし、国家間同士で戦ってきたのである。「ユーとビア的妄想」という表現が過激すぎるのならば、もっと柔らかい言い方として、「文化的共同体」としての国家の側面のことを指しているといってもよいだろう。


 ところで、この点に関連して『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』で有名なフェリックス・ガタリが、彼とアントニオ・ネグリとの共著である『自由の新たな空間』(訳者・解説杉村昌昭、世界書院2007)に付された講演記録の中で興味深い発言をしている。非常に印象的で、私自身はっとさせられたので、ここに引用しておく。

「人々は、ある意味で、自分の身の丈にあった国家をもっているのである。国家とは、社会がしょしょの集団的責任を放棄した時、権力が身にまとうもっとも低劣な形態として存続するものに他ならない。・・それは、いたるところにあり、われわれ自身の内部をはじめとして、われわれの無意識の根まで存在するのである。我々は国家との“付き合い”をせざるをえないのである。それは、われわれの生にとって、また、われわれの闘いにとって、避けて通ることのできない所与なのだ。」(p.164-165)

考えてみればそうであるが、なかなかこのことを自覚的に捉えて、思考し、行動している人は少数に思われる。大学までの学校教育では「国家」や「社会」というものがあたかも自分の外部にあるかのように教えていることも関係しているかもしれない。


 話を戻すと、第二の要素としてクレーバーは国家を「急襲的略奪機構」という。これはアナーキストらしいところであろう。文脈によってはこれも正しいともいえる。ただし、言葉尻だけとらえると、国家があたかも奪うだけ奪ってしまうような盗賊団のように思えるかもしれない。もちろん、この表現は国家の「分配」機能ということをも考慮に入れて、あえて使っているということだ。なぜなら、社会民主的な福祉国家像は分配をおこなうが、それは既存システムの再生産をする形態であり、ある種の「略奪」を前提に機能するシステムだからということがある。これももう少しなじみやすく言いかえれば「行政体」としての国家ということであろう。


 これらの二つの要素は混同され再生産され続けることによって「国家」が存続してゆけるということだ。そこからナショナリズムが生まれるし、国際戦争も引き起こされる。したがって、これは近代国家の本質的な部分ともいえるだろう。付け加えれば、人類学者のクレーバーに言わせれば、それは近代のみならず、人類にとっての「国家」というものの存在形態であるということである。


 では、そのような「国家」を超える思考とはどのようなものだろうか。あるいは「国家」とは異なる権力構造とはどのようなものだろうか。彼は次のように述べる。

「権力構築の第一の線とは、だれも信じていないゲームに皆を参加させることです。それがなかなか超えることのできない難しい不可視の線となります。そして権力に挑戦する時、まずわれわれはみなが舞台裏で言っていることを表舞台で言ってみて、それが罰せられるか見るのです。」

「誰も信じていないゲームにみんなを参加させる」のが「国家」の「主権」の力なのである。ここで重要な指摘としては「主権」という概念と「統治」という概念は異なるものだということである。人類学的に言うと「主権」のない「統治」があったり、国家機構のない「統治権力」があったりするという。グレーバーはそれを、国民国家とは全く違ったものであるという前提を置いたうえで「首長制」と呼んでいる。この構想は、ピエール・クラストルの『国家に抗する社会』に代表される人類学の潮流に沿ったものであろう。いわば新たな社会構想としての人類学+アナーキズムの視座を導入しようとしているのだ。と同時に、このことは「主権なき国家」なるものを構想しているともいえよう。


 もちろん、このような考え方は現前として存在している「国家」をすぐに消滅させるものでは全くないが、一方でこの思考は人類を新たな地平に連れて行くという利点がある。「国家」にとらわれない、別の思考で考えることができるようになるということだ。「日本」という「近代国家」に住む私たちからすれば実感がわきにくく、ふわふわしたものであり、人によっては「なにわけのわからないことを言ってるの」と言うかもしれない。しかし、それは私達が今まであまりにも限定的な政治しか語ってこなかったことを意味する。クレーバーも「人類学の利点の一つは、それが我々に「政治的なもの」のより幅広い可能性を示すことです。」と言っている。


 私自身はクレーバーの立場に非常に共感を覚える。「主権なき国家」なるものは今後、概念的にも、現実的にも追及してゆく必要があるように思われる。つまり、「統治(ガヴァナンス)」の重要性を見落とさないようにし、実際の国民国家の政治(議会制民主主義)に対しても依然考えてゆく必要があるということだ。そこで重要なのは「国家」の二つの側面、「文化共同体」としての「国家」と「行政体」としての「国家」を分離して、「行政体」としての「国家」の側面を独立させてゆくことだと考える。ドゥルーズ=ガタリの言葉を借りてしまえば、「器官なき身体」としての「国家」、すなわち「器官なき国家」なるものを構想してゆく必要があるということだ。社会に生きる人々が「文化的国民国家」の「手」となり「足」となるような「国家」観から抜け出す必要があるだろう。


 しかし一方で、新たな「政治なるもの」の領域を開いていく重要性も強調されなければならないだろう。これまでの思考は「政治なるもの」を「公的なもの」として捉えてきた。そのつい概念は常に「私的なもの」であった。しかし、私達はそれに加えて、「共的なもの」の領域を切り開く必要があるのではないか。つまり、「公的なもの」を変えることによってすべてを変えられるという幻想に取り付かれた時代は終わったということだ。具体的にいえば、議会制民主主義で「政治」を変えれば人々はより「自由」に「幸せ」になれるなどという発想は捨てていかなければいけないということである。


今日はクレーバーの議論に従って「国家」の題材を取り上げ、「主権なき国家」と「国家に抗する社会」の思考から「政治なるもの」の拡大を見てきた。次回、新たな「政治的なるもの」の領域である「共なるもの」を構想するために、クレーバーの議論を進め、「資本主義」と「共産主義」の関係性について考えてゆきたい。

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